後日譚 ~2017年 ドイツ、レーゲンスブルクにて~
2017年
ドイツ、レーゲンスブルク
三人の少女たちがオルフェウスの窓を見上げている。
「ねえ、あの窓の伝説、知ってる?」
「オルフェウスの窓?」
「そうそう」
「男性があの窓から地上を見下ろしたとき最初に地上を通った女性と必ず恋に落ちるって…ハナシ?」
「そう。恋に落ちた二人は途中困難に見舞われるけど、その恋は必ず成就するって」
「あれね、うちのおばあちゃんから聞いたんだけど、昔はちょっと違う言い伝えだったらしいよ」
「へえ。…どんな?」
「恋に落ちるところまでは同じなんだけど、そのあとが違っていてね、二人はオルフェウスとエウリディケに倣って、その恋は必ず悲しい結末に終わるっていう伝説だったんだって」
「そうなんだ。…確かに今のとちょっと違うね。いつから伝説の結末が変わったんだろう?」
「それってさ。おばあちゃんの時代以降に…窓の伝説を実際に塗り替えた窓の恋人たちがいたって…ことなんじゃないかなって」
「なるほど…そうか!」
「あ、あとね。お兄ちゃんから聞いたんだけど、オルフェウスの窓の怪談っていうのもあるんだって」
「怪談~!?」
「これゼバスの寄宿舎に伝わる話らしいんだけど、新学期が始まった秋の真夜中に一人でこっそりあの塔に昇るとね、どこからか綺麗なソプラノの歌声やヴァイオリンの音色が聴こえてくる時があるんだって。…男子がその歌声を聞くと、その反対に女子がヴァイオリンの音色を聞くとね、必ず素敵な恋をするらしいよ!」
「へえ。伝統のある音楽学校らしい…ロマンチックな怪談だね。…でもさ、それって誰かが弾いていたり歌っているのが…たまたま聞こえてきただけなんじゃないの?だって音楽学校じゃん。別に現象自体は全然おかしいことじゃないと思うけど~。それにさ、誰かがわざとこっそり物陰で演奏して怪談を演出した可能性だってあるし…」
「も~夢がないなぁ。…確かに、うん。あるいはそうかもね。でも…」
「でも?」
「たとえそうだとしても、好きな人を振り返らせるために…そんなロマンチックな伝説になぞらえて意中の人の恋心を湧き立たせる演出って…ちょっと素敵じゃない?」
「それも…そうだね。…あ!」
「どうしたの?」
「今…あの塔の窓から…チラッと長い金髪が見えたような気が…」
「ええ~~?マジ?」
「うーん、一瞬目の端に映った気がしたんだけど…長くて綺麗な…陽に透けるようなきれいな金髪だった」
「ここの生徒…かな?」
「もしかしたら…窓の恋人のエウリディケなんじゃない?」
「ええ~?!私さっき誰かが物陰からこっそり演奏してるなんて言っちゃったよ!どうしよう」
「きっとウチ等が噂しているのを耳にして窓辺まで出てきたんだよ。ホラ、エウリディケに謝っときな!」
「う…うん。…エウリディケさーん、さっきはごめんなさい。お願いです。私にも素敵な恋をさせてくださ~い!」
一人の少女が眼前の塔の窓に向かって叫んだ。
「私もお願いしまーす」
「私にも素敵な出会いがありますように~」
つられて一緒にいた二人の少女たちも塔の窓に向かって叫んだ。
その時―
ウフフ…
秋風に混ざって、ひそかな笑い声が少女たちの耳に届いた。
それは、澄んだ女性の…美しいソプラノだった。
そのタイミングに、少女たちは思わず目を見開いて、お互いに顔を見合わせる。
「聞いた?」
「うん」
「聞いた!」
―― キャーーー、どうしよう!
興奮した面持ちで、少女たちはその塔の前を走り去っていった。
―― 窓よ
くすしき伝説に語り継がれた窓よ
恋するものたちは明日を恐れず
神を恐れず
瞬きの間にも永遠を紡ぎ
抗いに身を灼き
闇をつんざく一条の閃光をおう
白き象牙の額をしたオルフェウスよ
竪琴を鳴らしいでよ――