第3章 パンツルック
早速ユリウスが離れの私達の部屋へ、先ほど話題に上ったパンツを持って来てくれた。
それは黒の柔らかな素材の幅広のもので、穿いてみるとロングスカートのように足に生地がゆったりと沿う感じが優雅で、同色の仔羊革のベルトでウエストをしめると、パンツのボリュームと締めたウエストの落差で、ドレスのようなエレガントさを生み出している。
ユリウスのワードローブと私の手持ちのワードローブをベッドの上に広げ、二人で頭を突き合わせて検討した結果、上にはユリウスのワードローブの中のベージュの薄手のニットを合わせる事にした。それは襟元が緩やかに開いたドレープが美しい、シャネルのもので、シンプルながら着用すると女性らしいラインを程よく出す計算されたシルエットが素敵な一着だった。
二人で姿見の前でああでもない、こうでもないと取っ替えひっ替え服を選んでいると、少女時代をふと思い出した。
下の姉のマルヴィータと二人でドレスを選び、上の姉がそんな私達を優しく微笑みながら見守ってくれていた少女時代の思い出。
マルヴィータが逝って、もう20年近くになる。
姉が、初恋の男性と共に生命を絶ったのは、今のリョーニャとさして変わらないぐらいの歳だった。
「これはどうかしら?」
クララが自分の手持ちのシャンパンピンクのブラウスを手に取る。
「うん。いいね」
ブラウスを当てて姿見に映し、二人で確認する。
「…これはどうかな?」
ユリウスがベッドに広げられた無数のトップスの中から、自分のワードローブから持って来たベージュのニットを手にした。
ニットを当てて姿見に映す。
「…これ、いいんじゃない?」
― 着てみて!
ユリウスに促され、そのニットに袖を通し、姿見に映してみる。
「私…ファッション誌に出てくる人みたいだわ」
そのニットは一見シンプルだけど、ラインが美しく、着用すると不思議なぐらいに身体を美しく見せていた。
「これはね、昔ぼくが働いていたメゾンのもので、そこの主人の―、マドモワゼルシャネルの哲学が込められているんだ。シンプルなものほどエレガントである という」
― ラインが、計算されていて美しいでしょう?服そのものがシンプルだから大ぶりのアクセサリーも映えるんだ。
ユリウスが私の着用したそのニットを懐かしそうに一撫でする。
「シャネルで働いていたの?」
「昔ね。パリにいた頃。これは、貴女にとても似合うから、パンツと一緒にプレゼントするよ」
ユリウスが、私の両肩に後ろから手を置いて、姿見に一緒に映り込む。
「ほら!よく似合う。…こうして見ると、ぼく達、ちょっと似てて…姉妹みたいに見えなくもない?」
そう言って彼女は碧の瞳をいたずらっぽく輝かせた。
確かに、パンツを穿いて、同じようなスタイルをした私達は、背格好も
同じぐらいで、そっくりなシルエットをしていた。
少し開いたドアから、私の影が床に落ちたのを見たイザークが
「あれ?ユリウス?来てるの?」
と声をかけた。
ドアを開いて私達がイザークの前に姿を現し、顔を見合わせて笑う。
「驚いた!― パンツルックの君の影は…ユリウスにそっくりだ!」
確かに床に落ちた二つの影は、ー背格好から、髪型から…双子のように瓜二つだった!
第4章 姉妹
昼食時に、母屋へ来た私のパンツ姿を見て、クラウスも、そしてリョーニャも驚いた顔をした。
「君は…こうして見ると、どことなくユリウスに似ているな!」
「マリア伯母様よりも…お母さんに似てるかも!」
二人のびっくりしたような感想に、してやったりという顔で、ユリウスが私の腕に彼女の腕を絡めて言った。
「さっきはイザークが…クララの影を見て、ぼくと間違えたよ。― ねえ、ぼく達は、こうしていると、まるで姉妹みたいに見えない?」
― ぼくは…今までずっと妹ポジションだったから、ずっと妹が欲しかったんだ!
そう言ってユリウスは私の肩を優しく抱き寄せた。
優しくて綺麗で、快活な姉…。実姉二人の不幸な人生を傍で見てきた私には、例え血の繋がりがなくても、幸せな人生を送っているこの姉の存在は…とても嬉しかった。…私は多分、ずっとあの可哀想な姉たちと、こんな風な時間を過ごしたかったと思っていたのだ。
「お母さんの妹という事は…、リョーニャは姪って事だよね?じゃあ、クララさんの事、クララ叔母様って呼んでも…いいかなあ?」
― クララさんと呼ぶの…正直、ちょっと堅苦しいなと思ってたんだよね。
リョーニャが私を伺うような顔で聞いてきた。
「勿論!そう呼んでくれると、嬉しい」
私は満面の笑みでリョーニャに答えた。
こんなチャーミングな姪なんて、大歓迎だ!
私はこのバカンスで、素敵な姉とチャーミングな姪が出来てしまった!
ここスイス、ベルンで、私は思いがけず素敵な姉を得て、それからすっかりはき心地が気に入ってしまったパンツを買い足しに街へ出かけたり、毎朝ユリウスと市場へ買い物に出かけたりして、私はバカンスの日々を満喫していた。
ブティックでも市場でも、私達は面白いぐらいに姉妹に間違われた。
「妹さんが遊びに来てるのかい?」
と毎朝訪れる市場の顔馴染みの果物屋のおじさんに聞かれたユリウスが
いたずらっぽく瞳を光らせて、
「そうなの。故郷のレーゲンスブルクから、新婚の夫と二人で訪ねて来てくれたの!」
と言って私達の肩を抱いて頰を寄せた。
「そうかい!新婚さんか!それはおめでとう。― じゃあ、これはささやかだけど、結婚のお祝いだ!」
そう言っておじさんは、経木に盛られたブルーベリーを私に手渡してくれた。