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Orange colored sky

夏のとある週末―

 

ユリウスがピアノを務めるジャズトリオのライブに、アレクセイがヴァイオリンで特別ゲストとして参加することになった。

 

ユリウスが奏でるセンチメンタルな「アランフェス協奏曲」の主題のピアノソロの後にドラムを従えたアレクセイのヴァイオリンがキレのよいイントロを奏でる。

そのイントロと同時にステージのアレクセイにスポットライトがあたる。

 

オープニングの―、アレクセイをゲストアーティストとして迎えた曲は―、チック・コリアの『スペイン』だった。

 

キレッキレのアレクセイのアドリヴを絶妙の呼吸でユリウスが支える。

本格的な演奏活動からはしばし遠ざかっているのにも関わらず相変わらずの超絶技巧と力強い音色である。

 

真夏のアンダルシアを吹き抜ける風のようなオープニングに、早くも客席は大盛り上がりの拍手喝采である。

 

「え~、本日のオープニングは、チック・コリア『スペイン』でした。夏ですね~。もうバカンスに入ってるところもチラホラあるようですが…、皆さんここにいるという事は…バカンスはこれから?ということですね。― そんな皆さんのために、今夜は「バカンスの取れない可哀想な皆様のために音楽でときめく時間を」という事で、ずばり!《ときめく》ナンバーをセレクトしてお送りしていきます。今日のMCは私、ドラムのニコラス・マルティネンコが務めさせていただきます。…あ、拍手ありがとうございます。え~、今日はいつものトリオにプラスして、スペシャルゲストを交えてお送りしていく予定ですが、、、一人目のスペシャルベストは一曲目「スペイン」のカッコいいヴァイオリンを披露してくれました、アレクセイ~」

 

MCのニコラスがマイクを置いてドラムロールすると、アレクセイにスポットライトが当たった。

 

今日のアレクセイは、アースカラーのプリントシャツにカーキのクロップドパンツ、皮サンダルに髪をひっつめ、早くもリゾートを想わせる格好である。

 

スポットライトの当たったアレクセイに再び客席から大きな拍手が贈られた。

 

「アレクセイはね、ピアノのこの子、ユリウスの旦那さんなのね。ホラ、ユリウスの奴、今日はダンナと共演できるから、見て!あのうっれしそう~な顔!!色気づいて肩丸出しの服なんか着ちゃってね~」

 

引き続いてのニコラスのMCに観客がドッとわく。話のネタにされたユリウスがピアノの前でふくれっ面をみせる。

 

今日のユリウスはオフショルダーのジャガード模様のワンピース姿で、こちらもはやくもファッションだけはリゾート仕様だ。

 

「もう!ニコラスのバカ!!…一生彼女できなければいいんだ」

 

ユリウスが呪いの言葉で反撃する。

 

「は?はぁ~~~~??お、お前…な…!!言っていい事と悪いことってモンがあるだろうよ?!」

 

「知らないよーだ!」

 

いきなり始まったドラムとピアノのマイクファイトにまたしても客席が沸く。

 

「やめろって…二人とも。…皆様お見苦しい所をおみせしました。…アレクセイ、ありがとう。では次の曲は…」

 

二人の泥仕合にリーダーのユーリーが割って入りライブは再び進行していった。

 

​ -----◇-----

 

 

「今日は来てくれてありがとう!」

 

休憩になってユリウスがテーブルにやって来る。

 

 

「アルラウネも来てくれてありがとう」

 

「会議が長引いちゃってね。…もう役員皆連れて来ちゃった!」

鮮やかなオプティカルプリントのホルターネックトップス姿のアルラウネがカリッとした肩を竦めて見せる。

成る程、ドミートリ―とアルラウネ一行のテーブルには、慣れない所に連れてこられて借りてきた猫状態のビジネススーツ一群がどこか居心地悪そうに座っている。

 

「今日は来てくれてありがとうございます。楽しんでってくださいね?」

 

そんな役員連にユリウスがニッコリと天使のスマイルを見せた。

 

「可愛いだろ?僕の義妹。あ、クリスマスパーティで見てるか」

 

ドミートリィが飛びきりキュートな義妹を役員たちに自慢する。

 

「イザーク!!」

 

そしてユリウスはこのテーブルの片隅―、アレクセイの隣にかけていたもう一人のアウェイの人物に声をかける。

 

「やあ」

 

「久しぶり~~~~!会えて嬉しいよ。今日は楽しんでってね!…アレクセイ、つめてつめて!」

 

アレクセイの横に空いた小さなスペースに無理やり腰かけて、アレクセイを挟んだ状態でイザークの方へ身体を寄せてくる。

 

「きちーよ!」

 

「もう!我慢してよ。あ!グラス空いてるね。何か飲む?ビール?それともカクテル?ここのマスターのカクテル、美味しいよ?」

 

学生の頃そのままの愛くるしい顔で、イザークを覗き込む。

 

「えっと…」

 

「こいつにこれ以上飲ますな。すいませーん。ジンジャーエール」

お酒に弱いイザークを気遣いアレクセイがソフトドリンクをオーダーする。

 

「アレクセイ、ユリウス。ありがとうね。実家に招待して泊めてくれて。お世話になってます」

 

イザークはロシアツアーの後に、少しのバカンスを取り、ペテルブルグに住むこの学友夫妻の実家にお世話になっていた。

 

「い~って。どうせ部屋なんてあり余ってんだ。今はやりの民泊ってやつだな」

 

アレクセイがイザークの肩をガシっと抱いて豪快に答える。

 

「マエストロ・ヴァイスハイトは祖母のリクエストにも気持ちよく応えてくれて、ピアノを演奏してくれたり、最高のゲストだよ」

ドミートリィの言葉にアルラウネも笑顔で頷く。

 

「本当に…皆さんにお世話になりっぱなしで」

 

イザークが恐縮して口ごもる。

 

「悪かったな~。イザーク。うちの婆ぁが畏れ多くも世界のヴィルトーゾ様にムチャ振りしちまって」

 

「いいんだ。とても喜んでもらえて…弾いてた僕もとても楽しかったよ」

 

世界的なピアニストとしての名声を手にしても、相変わらずイザークは気さくでおっとりとした好人物だった。

 

「イザーク、大好き」

 

そんなイザークに放ったユリウスの殺し文句が、投げかけられたイザークを真っ赤に赤面させ、片やその隣の夫のジェラシーに勢いよく火をつける。

 

「アレクセイ。落ち着けよ。お前、分かりやすすぎだ」

 

思わず気色ばんだアレクセイを、呆れたようにドミートリィがいさめる。

 

「う、うるせーーー」

 

「今、あんたのジェラシーにボって着火した音が聞こえたわよ」

 

アルラウネの言葉にテーブルが沸く。

 

「お、おい!ユリウス。もう時間じゃないか?」

 

気まずさを胡麻化すように、アレクセイがユリウスに腕時計を示した。

 

「あ、ホントだ。じゃあ後半も楽しんでってくださいね」

 

― じゃあ。

 

ユリウスはアレクセイと軽いキスを交わすと再びステージへと戻って行った。

 

 

​ -----◇-----

 

 

「…でな、その時に俺の竿がググ~~~~~っと…」

 

二部のステージ。

 

自作のナンバーを引っ提げて再び登場したアレクセイが、MCで満面の笑みを浮かべて釣りの愉しみを語る。

 

そんなアレクセイに、

 

「もう…アレクセイ、そのぐらいにしときなよ。…お客さんみんなドン引いてるよ」

 

とユリウスが呆れながらストップをかける。

 

「お?そうか?」

 

「そ~だよ~。ぼくももう飽きた。耳にタコ出来た」

 

うんざりといったユリウスの言葉に、観客から笑いが起こる。

 

「じゃあ、そろそろ曲行きます。僕のオリジナル曲で…タイトルはずばり「fishing」。ではどうぞ!」

 

アレクセイが楽器を構えユリウスに目で合図を送った。

 

 

「え~、名残は尽きませんが、いよいよ今日最後の曲となりました。今日ラストの曲はナットキングコールのヒットナンバー「orange colored sky」。ボーカルは?」

ニコラスのそのMCにちょっとはにかみながらピアノの前のユリウスが手を挙げる。

 

「ボーカルはうちの看板娘、ピアノのユリウスでお送りします。ん?そうすると…、ピアノはどうするんだ?ユリウス」

 

ニコラスのその問いに

 

「イザーク!カモン」

 

ステージからユリウスがニッコリ笑ってイザークを指名した。

 

指名されたイザークがちょっとはにかんで、客席からの割れんばかりの拍手と歓声を受けながらステージに上がる。

 

「よろしくね」

 

ユリウスがピアノの前にかけたイザークの前に譜面を開く。

 

 

I was walking along, minding my business,

When out of the orange colored sky,

Flash, bam, alacazam, Wonderful you came by.

 

 

しっとりとしたイザークの前奏を受けてユリウスの囁くようなキュートな歌声がライブハウスを包み込む。

 

ユーリーとニコラスの刻むビートとイザークの伴奏に全身を委ねながら、気ままにブラブラとステージを歩きながらユリウスのウィスパリングボイスがこのウキウキするような甘酸っぱい曲の世界を表現する。

 

I was hummin' a tune

Drinkin' in sunshine

When out of that orange colored view

 

「Wham」「Bam」「Alakazam」

 

 

客席からすかさずドミートリィとアレクセイが、合いの手を入れる。

 

I got a look at you

 

その合いの手を受けてユリウスの笑顔がはじけた。

 

One look and I yelled timber

Watch out for flying glass

'Cause the ceiling fell in and the bottom fell out

I went into a spin and I started to shout

I've been hit

 

「This is it, this is it, I've been hit」

ユリウスのボーカルにニコラスとユーリーがかぶせる。

 

I was walking along minding my business

When love came and hit me in the eye

 

「Flash, bam, alakazam」

 

客席のノリのいい客からも合いの手が入る。

 

Out of an orange colored sky

 

それを受けユリウスが顔いっぱいの笑顔になる。

 

 

そしてイザークのピアノソロの間奏が入る。

 

 

イザークの掛けている椅子の横にチョコンと腰かけたユリウスが演奏しているイザークに凭れかかり彼の横顔を仰ぎ見る。

 

かつて淡い思いを抱いていた女性の温もりと腕に感じる柔らかな髪の感触、そして彼を魅了し続けた碧の瞳の視線を感じながら、イザークは、演奏しながらもつい意識がそちらへ行ってしまうのを止められなかった。

 

One look and I yelled timber

Watch out for flying glass

'Cause the ceiling fell in and the bottom fell out

I went into a spin and I started to shout

I've been hit

 

「This is it, this is it, I've been hit」

客席とステージが一体になり、掛け声がライブハウスに響き渡った。

 

 

I was walking along minding my business

When love came and hit me in the eye

(Flash, bam, alakazam)

Out of an orange colored, purple striped

Pretty green polka dot sky

(Flash, bam) alakazam and goodbye

 

 

キュートなボーカルで会場を魅了したユリウスと、思いがけずライブにゲスト出演した世界的ピアニストのイザークに割れんばかりの拍手がおくられた。

 

「ありがとう」

 

イザークがピアノの前から立って客席に深々とお辞儀をする。

そのイザークにまた惜しみのない拍手が送られた。

 

 

その拍手はやがてアンコールの手拍子となる。

 

その手拍子を受けてユリウスが「アレクセイ!」と観客席の夫を呼ぶ。

 

ステージからコールされ、再びアレクセイがステージへと上がる。

 

​ -----◇-----

 

「じゃあアンコール行くぞ!アンコールナンバーは、日本のグループThe Boomのヒット曲で『風になりたい』!!」

アレクセイががアンプにウクレレを接続しビートを刻む。

ニコラスがあらかじめ用意したカホンでリズムを刻む。

ユリウスもピアノから離れて身体でリズムを取りながらパンデイロを鳴らしている。

 

「みんなステージに上がれ!カモン」

アレクセイが両手を上げて観客席に手招きした。

それを受けて観客が続々とステージに上がって来る。手拍子を鳴らしてリズムに身体を委ねる。

 

― 大きな帆を立てて あなたの手を引いて

   荒れ狂う波にもまれ 今すぐ風になりたい ―

 

それらの大きなリズムのうねりに乗るようにアレクセイが歌詞を口ずさむ。

 

天国じゃなくても 楽園じゃなくても

あなたに会えた幸せ 感じて 風になりたい

 

何ひとついいこと なかったこの町に

沈みゆく太陽 追い越してみたい

 

生まれてきたことを 幸せに感じる

かっこ悪くたっていい あなたと 風になりたい

 

何ひとついいこと なかったこの町に

涙降らす雲を つきぬけてみたい

 

天国じゃなくても 楽園じゃなくても

あなたの手のぬくもりを 感じて 風になりたい

 

「みんな一緒に!カモン」

 

― 天国じゃなくても 楽園じゃなくても

  あなたに会えた幸せ 感じて風になりたい―

 

風に 風になりたい―

 

最後はバンドのメンバー観客一体となっての大合唱で、ライブハウスは熱狂の渦に包まれて幕を閉じた。

 

「ありがとう~。センキュゥ」

 

観客メンバー共に一足早い真夏の熱い風を全身で体感して、その日のライブはお開きとなった。

 

もう、北の都サンクトブルグも、バカンスシーズン真っ只中。

 

​ -----◇-----

 

 

「じゃあお疲れ様~」

 

「お疲れ~。…よいしょっと」

 

ライブ終了後―。

 

お客様を見送った後、いつものようにユーリーが大きなベースを掴まえたタクシーの後部座席に積み込んで、ライブハウスを後にする。

 

「俺も帰るわ。じゃな~」

 

「お疲れ~。またね、ニコラス」

 

ユーリーの乗ったタクシーを見送って一同がばらける。

 

「じゃあ、僕らも。行きましょうか。マエストロ・ヴァイスハイト」

 

タクシーを拾い、ドミートリィが逗留中のイザークに乗るよう促す。

 

「マエストロなんて…やめてください」

 

「はは…。まあいいじゃないですか。本当にマエストロなんだから」

― さ。乗って乗って。

 

イザークとアルラウネ、それからドミートリィがタクシーに乗車する。

 

「また明日ね。マエストロ。ドミートリィとアルラウネも、今日はありがとう」

「明日ミハイロフの家へ迎えに行くからな。マエストロ」

 

 

「もう、二人ともやめてくれよ!」

 

「お休み~」

 

アレクセイとユリウスが遠ざかる三人が乗ったタクシーを見送った。

 

「さてと。俺らも帰るか?」

 

「うん!」

 

二人は手を繋ぎながら、いつものように深夜の帰路をブラブラ歩く。

 

「もう夏のバカンスだね~」

 

「そうだな。うちはシベがいるから遠出は無理だけど、海水浴ぐらい行くか?」

 

「あ、いいね~」

 

「お前のその可愛い肩、そそられるな~。…水着持って行こうぜ!」

 

そう言ってアレクセイがユリウスのオフショルダーワンピースからのぞくむき出しの肩にキスをした。

 

 おまけ 翌日のシベリウス

 

 

ー ユリちゃ〜ん、抱っこしてニャー

 

ユリウスがアイロンかけをしていると、いつものようにシベリウスがソファの肘掛け伝いにアイロン台の上へ登って来た。

 

アイロン台の上で後足立ちし、灰色の縞々の巨体でユリウスの身体にのしかかる。

 

「キャッ!もう、シベ!アイロンかけてる時は危ないから、ここへ上がっちゃダメって言ったでしょう⁉︎」

 

そう言いながらもユリウスはアイロンのスイッチを即座に切ると、台の横のアイロンフックにアイロンを置いて、全身で甘えてくる愛猫を抱き上げる。

 

抱き上げられたシベリウスがユリウスの腕の中で満足気に喉をブルブルと鳴らす。

 

「もぉ!シベは甘えんぼさん」

 

ー そうニャ。僕は甘えんぼさんニャ。ユリちゃん、僕がユリちゃんの毛皮グルーミングしてあげるニャ

 

ご機嫌で喉を鳴らしながらシベリウスがユリウスの腕に抱かれたまま、彼女の肩に両前足を掛けて、無造作にお団子に束ねた金の髪を舐めようとザラザラの舌を出したその時ー

 

シベリウスの目に、ユリウスの首筋から肩先に広がる薄赤いアザが飛び込んで来た。

 

ー コレは一体何ニャ?…ユリちゃん、コレ、いたいいたいニャ?それともかゆいかゆいニャ?…可哀想に!僕がぺろぺろしてあげるニャ!

 

シベリウスがその昨夜の愛の戯れの跡をしきりにペロペロ舐める。

 

首筋を舐めるザラザラとした愛猫の舌のこそばゆさに、ユリウスがシベリウスを抱いたまま思わず身を攀じる。

 

「キャ〜!シベ、くすぐったい!くすぐったいよ‼」

ー コレは…、いたいいたいでもかゆいかゆいでもないから、大丈夫なんだよ。ありがとうね、シベ。さ、降りて。ぼくアイロンかけの続きをしなきゃ…。

 

ユリウスは愛猫の丸い頭にチュっと軽く口づけると、腕の中のシベリウスをそっと床に下ろし、少し乱れたタンクトップの裾を整えた。

 

床に下されたシベリウスは、カットオフジーンズから伸びるユリウスの両脚の間で暫くスリスリと身体を擦りつけた後、足元でゴロンとトグロを巻いた。

Orange colored sky

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