僕とアレクと可愛いユリちゃん
― 最近ユリちゃんが僕以外の変なやつをず~っと抱っこして構っている…。
僕のニャ前はシベリウス。
サンクトペテルブルクのアパートに可愛くて優しいユリちゃんとアレクセイとかいうガサツで大声のデカブツと三人で暮らしている。
僕は三年前の冬に、サンクトペテルブルクの街路樹の植え込みの中に捨てられていた。
他の兄弟は皆拾われていき、僕だけが取り残されて寒くてひもじくて…お母さんや兄弟が恋しくて、寂しくて悲しくて泣いていたところに、その声を聞きつけたユリちゃんが僕の事を見つけてくれた。
初めてユリちゃんに抱っこされた時の事は忘れられない。
ユリちゃんの優しい手、ママの毛皮みたいな柔らかな長い毛皮、それからいい匂いのする懐の温かさ…。
昔ママが、「いつか虹の橋を渡って天へ召されたら、綺麗で優しい天使様が迎えてくれるのよ」と教えてくれたから、僕はてっきり、自分も知らニャいうちに、虹の橋を渡って天使様が迎えに来てくれたのかと思ってしまった。
まぁ、結局それは違って、僕は相変わらずこの街で暮らしているのだけど、それ以来優しくて綺麗な天使様のようなユリちゃんに可愛がられて、ご飯を沢山貰って、僕はどんどん大きくなって立派になった。
(そんな僕をアレクの野郎は、「チェブラーシカみたいだ」と言うけれど、チェブラーシカって…一体ニャんだ?でもこれって…褒め言葉じゃ、ないよね?)
「あいつ」が来たのは、ユリちゃんのお誕生日の2月だった。
ユリちゃんとアレクが僕に留守番させて二人で出かけて行って、戻って来た時に二人は「あいつ」を連れていた。
そしてユリちゃんは「あいつ」を膝に抱っこして、すっごく嬉しそうに青い瞳をキラキラ輝かせて、両手で「あいつ」を撫でくっていたんだ。
この僕を差し置いて!!
さらに腹が立つのは、そんなユリちゃんの背中からユリちゃんを抱きしめるようにアレクの野郎が、手を伸ばして…その、アレクの野郎までが「あいつ」を撫でていたんだ。
べ、べつに…、アレクにニャでて欲しいとか…、そういう訳じゃ全然ニャーけど…。
僕を差し置いて、二人が「あいつ」を嬉しそうに撫でているのは、正直いい気持ちがしない。
更に腹が立つことに二人に撫でられたあいつは気持ちよさそうな声で鳴くんだ!
あいつの硬そうな身体よりも、僕の毛皮の方が柔らかくていい気持だよ。
ねえ!ユリちゃん!
アレクと二人でそんなヤツ抱っこして撫でてないで、僕を撫でて!
僕を撫でて僕に話しかけて!!
僕の気持ちも知らずに、ユリちゃんはその日からしょっちゅう「あいつ」を抱きしめて撫でながら、きれいな声で歌ってる。
「あいつ」もユリちゃんに日々撫でられて、ユリちゃんの綺麗な声に合わせてますます綺麗な声で鳴くようになってきた。
むぅぅぅ~~~~~
ますます、気に入らない!!
しかも「あいつ」と遊んでいるときのユリちゃんは、僕のことなど目に入ってもいないようだ。
くそぅ!
ならば、こうだ!!!
ソファのひじ掛けからユリちゃんの膝へと乗っかり、そこから「あいつ」の硬い身体の窪みに乗っかってやった。
ねぇ、ユリちゃん!こんなコチコチの身体よりも、僕の毛皮の方が気持ちがいいよ!
ねえ!僕を撫でて!
僕は喉を震わせながらユリちゃんの柔らかな身体に自分の身体をこすりつける。
「きゃ!シ、シベ!!…お、重い…。やめて~~。降りてってば」
ユリちゃんがやっと僕に関心を向けてくれた。
ね?
僕と一緒にいる方が断然楽しいでしょ?
僕は「あいつ」に乗っかったまま後足で立ってユリちゃんの肩に前足を置くと、スリスリとユリちゃんの白くてすべすべのほっぺに頭を擦り付けた。
時折僕の顔に触れるユリちゃんの柔らかな長い毛皮が心地いい。
「や~ん。…お、おもい…。アレクセイ!助けて~」
「おいコラ!シベ!!何やってんだ。降りろ!」
ユリちゃんの声にアレクの野郎がすっ飛んできて、ユリちゃんと遊んでいる僕をヒョイと抱え上げた。
むぅぅぅぅ~~~
邪魔すんニャ!!お邪魔虫アレクめ。
「おい、お前…何ちゅう目で見てんだよ!」
僕の眼力にアレクもたじろいだようだ。
アレクは窓辺に置いてある僕のクッションに僕を下して、ユリちゃんの方へ戻って行った。
「だいぶ上手になったな。弾いてみ?」
「うん」
アレクに褒められたユリちゃんがまたあいつを抱っこし直して、両手であいつを撫でる。
あいつの鳴き声に合わせてユリちゃんが歌う。
― black bird singing in the dead of night…
Take these broken wings and learn to fly…
ユリちゃんの優しい綺麗な歌声に合わせて、アレクの野郎までハミングしてる。
…気に入らない…。。。。
もう一度僕はソファーのひじ掛けからユリちゃんの膝に着地し、あいつの硬い身体の窪みの上で丸くなる。
「あ!…またぁ。もう、シベ!」
ユリちゃんが歌を止めて僕に声をかける。
ふ~んだ。僕を仲間外れにするからだニャ…。
ユリちゃんの困った声に構わず僕は「あいつ」の窪みで丸くなって目を閉じる。
ふむ…にゃかにゃかこの窪みは寝心地がイイにゃ…。
「こいつ、ギターにヤキモチ妬いてるんじゃねえのか?」
アレクの呆れたような声が聞こえてくる。
「えぇ~~~?そ、そんなことより…シベをおろして~!この子大きいから…重い!」
「しょ~がねぇなぁ。よし、シベ。お前ちょっとの間ここでユリウスの歌聞いてろ。な?」
再びアレクに抱えられて、今度はケージに入れられてしまったニャ…。
むぅうぅう~~~。気に入らない!
僕は、ユリちゃんの歌が聞きたいんじゃニャい!
僕はユリちゃんに抱っこして撫でてもらいたいんだ!!
遣る瀬無いこの想いを…僕はケージの中の爪とぎに思いっきりぶつけてやった。