ユスーポフ家より一足遅れで、ミハイロフ家―、アレクセイとアルラウネの二人の子供達、マリカとヴァシリーも保育器から出て、退院の日を迎えた。
双子のために買い換えたアレクセイのゴールドベージュのランドクルーザーがミハイロフ屋敷に到着する。
「ただいま」
アレクセイとアルラウネがそれぞれ双子を抱いて屋敷へ入る。
「おかえりなさい。まぁ、小さくて可愛い」
エントランスで二人と双子をヴァシリーサが迎える。
「ただいま戻りました。おばあ様」
「おばあ様のひ孫です」
二人がヴァシリーサに小さな双子を差し出して見せる。
「さあさ。ベビーベッドを用意してあるので、二人を寝かせておあげなさい」
「産後の肥立ちはどう?アルラウネ」
「おかげさまで。良いようですわ。今日もアレクセイと二人でこの子たちを迎えに行けてよかった」
アルラウネが顔をベビーベッドの方へ向けて目を細める。
「そう。貴女もこの子達も元気で、それが何よりです」
ヴァシリーサもそんな孫一家を温かなまなざしで包み込む。
「おばあ様…実は、僕達おばあ様に話しておかなくてはならないことがあるのです」
― この子たちに関する…とても大切な事です。
アレクセイとアルラウネが、おもむろにヴァシリーサに切り出した。
手を取り合った二人の表情は、怖いくらいに真剣で、これから孫夫婦が切り出すその「大事な話」が決して軽いものではないという事をヴァシリーサは瞬時に悟った。
「聞きましょう」
ヴァシリーサが姿勢を正して二人に向き合った。
・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。
「なんと…」
ヴァシリーサが二人から打ち明けられたその話は、彼女が予想した通り、軽い話ではなかった。
それは孫たちの出生に関することだった。
今から一年ちょっと前に、南米から戻って来たばかりのアレクセイにアルラウネが亡夫の冷凍精子で体外受精で母になると打ち明けた事、そしてその決心を受けてアレクセイがアルラウネにプロポーズした事、二人が…心から愛し合い信頼を寄せ合っている事、冷凍精子で受精した子供が生まれた暁にはアレクセイの実子として届け出る事…この一年とちょっとの間に二人の間に起こった事を順を追ってアレクセイはヴァシリーサに打ち明けた。
「では…この子たちの父親は…あなたではなく…」
「はい。ドミートリィ、僕の兄です」
アレクセイの言葉に、アルラウネも無言で頷いた。
「この…この事実は?」
「この事を知っているのは…今回の体外受精関係者と僕達、そしておばあ様だけです」
「ごめんなさい。おばあ様。もっと…早くお話するべきだったのかもしれません。でもこれから家族として一緒に生活を共にしていくうえで、おばあ様にこの事を隠していてはいけないと改めて強く思ったのです。もしかしたら…こんなことを告白しておばあ様にも重い事実を背負わせてしまったのは…私たちのエゴなのかもしれません。だけど、叶うのなら、全てを知ったそのうえで、この子たちをひ孫として愛してほしかった。身勝手な事かもしれませんが…」
打ち明けるアルラウネの顔がだんだんと項垂れていく。
そんなアルラウネの手をアレクセイがギュッと握りしめる。
「アレクセイ…」
「はい」
「あなたは…?」
「はい。僕は全て納得していて、彼女の子供の父親になるのは、これは僕の意思です。ドミートリィと彼女の間の子供を育てていくのは…僕の心からの望みでもあるのです」
「そう…そうですか。…ごめんなさい。ちょっと混乱していて。…今日は、もう下がります。…今の話は…誰も聞いていませんね?」
今聞いた事実に少し口ごもりながらそう答えたヴァシリーサは、ふらりと立ち上がる。だいぶ動揺していたようではあったが、やはりそこは老いてもミハイロフという名家の頂点に立つ者、この事実が万が一外に漏れることになればどのような事態を引き起こすか、その危険性を誰よりも理解していた。
「大丈夫です。人払いをさせましたので。― オークネフ、おばあ様の寝所をすぐに整えさせてくれ!」
アレクセイが執事を呼び、祖母を寝室へ連れて行くよう命じた。
執事に伴われ、祖母がリビングを後にした。
「アレクセイ…」
その背中を見つめながらアレクセイが夫の手をギュッと握りしめる。
「大丈夫だ。アルラウネ。おばあ様は…これぐらいで動じるようなヤワなタマじゃない。きっとこの一晩で心の整理をつけてくれるだろう」
アレクセイが自分の手を握ったアルラウネの手をもう一方の手でポンポンと撫でた。
・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。
翌朝―
「おはよう」
二人に少し遅れてヴァシリーサが食堂に現れた。
「おはよう…ございます。おばあ様」
「おはよう、アルラウネ。…どうですか?あなたたちの、あなたとアレクセイとそれからわたくしの愛しい双子ちゃんは?ちゃんとお乳を飲みましたか?」
「おばあさま…」
泣き笑いの一歩手前のような複雑な表情を浮かべて自分を見つめた孫嫁に、ヴァシリーサは破顔一笑で問いかけ、そして力強く頷いた。
何もかも納得し受け容れ、吹っ切ったような、清々しい笑顔だった。
朝食後、人払いをし、リビングで再び孫夫婦と対峙する。
「昨日は…すっかり混乱して取り乱してしまって…すまなかったね」
まずヴァシリーサが、昨日の自分の態度を二人に謝罪した。
「いえ…。驚きは当然です」
「冷静になってみれば、あの子達の父親が、アレクセイであろうと…ドミートリィであろうと、わたくしにとっては曾孫であることには変わりないわけで。それを…当事者のあなた達が納得しているというのに、わたくしが動揺し…ましてやその事に異を唱えるなど、まったく筋違いというものでした。全くわたくしに動揺する余地など全くないというのに…年寄は全く頭が固くなってしまっていて、いけませんね。…ごめんなさいね。昨日は。貴女を、あなた達を傷つけてしまった」
そう言ってヴァシリーサはアルラウネの手を取ると優しく両手で包み込んだ。
「ありがとう。おばあ様。…本当に感謝します」
アレクセイが改めて祖母に向かって深々と頭を下げた。
「アレクセイや。お前も大きな男になったねぇ。…あなた達三人の子供の父親として、しっかり子供達を育てるのですよ?」
「はい。…はい。それは勿論…」
激励されたアレクセイも思わず声を詰まらせる。
「それから…」
そんな孫夫妻に優しい笑顔を向けていたヴァシリーサの表情が引き締まる。
「この事は…」
「はい。一切他言無用で。十分にその点は留意しているつもりです」
アレクセイがその後の言葉を継いだ。