第九十九話
農園主夫妻の温かい提案と後押しで、ぼくたち夫婦の挙式が急遽決定し、それによってぼくたち夫婦の日常は今まで以上に目まぐるしいものとなっていった。
アーレンスマイヤ家の人たちには、戻って来たその日に挙式をする事を報告した。
Scene.1
「あの、ぼくらから報告をする事があります」
そう切り出したぼくとアレクセイに、
「あら?何かしら。おめでたに続いてまた嬉しい報告…でよいのかしら?」
「そのようだね。一体何だろう」
ぼくとアレクセイの表情を窺うようにそう言ったマリア・バルバラ姉様とダーヴィトの言葉に、ぼくははにかみながら小さく頷いた。
「俺たち、挙式することにしました」
そう報告したアレクセイにぼくも続く。
「式は挙げない…って言っていたのに、勝手言って申し訳ないのだけど…。それで、あの…皆さんにも出席して頂きたく…」
おずおずとそう切り出したぼくに
「ええ~~~~!?ステキ!叔母様、おめでとう!」
「いつなのかしら?」
「6月。音楽祭の本番の後に」
「あら、いいじゃない。ジューンブライドね」
と快く後押ししてくれた。
「あのね、リーザ、ママのブライズメイドを頼まれたの。もう、ドキドキしちゃう!」
ブライズメイドをお願いしたリーザが頬を紅潮させながら、誇らしげに皆にその事を告げる。
「え~?そうなの?すごい!いいなぁ。…ねえ、叔母様、私は?私もブライズメイド、やりたい」
そんなリーザにテレーゼが羨望の眼差しを向け、名乗りを上げた。
「これ、我儘言って叔母様を困らせるものではありませんよ」
「それに、リーザとそれからお前さんまで空けてしまったら、身内の席がガラガラになってしまうじゃないか」
そんな一人娘の無邪気なわがままを、ダーヴィトとマリア・バルバラ姉様が窘めた。
「そうだね。身内と…ごくごく親しい人たちだけお招きして行う事に決めたから…今回は、身内の席を埋めてくれると…嬉しいな」
「悪いな。テレーゼ。…俺は身内がほとんどいないから…さ。俺の身内の分も…席を埋めてくれると助かるよ」
ぼくとアレクセイに懇願されて、テレーゼは仕方ないなというように少し肩をすくめて快諾してくれた。
「それでお式は6月のいつなの?もう少し詳しく教えて頂戴」
「日にちは音楽祭の、ぼくらの本番の翌日。ぼくもその時期ならば安定期に入るから」
「翌日って…あなた…大変じゃないの?それにクラウスさんだって。実行委員のお仕事は?」
「俺は大丈夫です。それまでにきちんと手筈を整えておきますし。それに俺らの本番の翌日は丁度中日で一日休みなんです。だから丁度いいと思って」
そう言ってアレクセイが音楽祭の日程表を広げて見せた。
「そうなの。ならば日程の件はいいわ。あと一つ大事なことよ。…あなた洗礼は…?どうするつもりなのかしら」
少し言いにくそうにぼくの宗教上の問題を切り出したマリア・バルバラ姉様にぼくは答えた。
「うん。洗礼は受けていないし、…これからも受ける予定はない…かな」
「じゃあ…」
「式は…教区の教会では挙げない。ぼくは姉様の言う通りカトリックの洗礼を受けていないし、アレクセイも特定の信仰を持っていない。だから…」
「人前結婚ってやつかな。…俺たちは神父様を立てずに…結婚の誓を立てることにしました」
事情を話して聞かせた母さんとリーザ以外の皆の顔が怪訝な表情になる。
「あのね…」
そんな皆にぼくらはあの少年少女だった頃の、愛の誓いの思い出を語ったんだ。
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「ええ~~~~!素敵!ステキ!ステキ!!!いいなぁ、おばさまったら。そんなロマンチックな思い出があったのね。ねぇ、おじいさま、お母様、お父様、ステキよね。初恋の思い出の場所で、再び出会って結ばれた二人が新たに誓う永遠の愛!まるで恋愛小説みたい!」
ぼくらの淡い初恋のエピソードに、恋に恋するお年頃のテレーゼはすっかり舞い上がっている。
「そうね。素敵ね。では…この街ではなくて、あの農園で式を挙げるのね」
「うん。…まかりなりにも一応この街の名士の末席を汚している立場のぼくが…街の教会以外で挙式をすることは…あまり感心されることではないのは分かっているし…アーレンスマイヤ家の立場としてもあまりいい事ではないのも分かっているけど。…でも、どうか今回は…ぼくの、ぼくたちの我儘を許して下さい」
そう言ってぼくとアレクセイはお父様に頭を下げた。
「二人とも頭を上げなさい」
それまで黙ってぼくたちの成り行きに耳を傾けていた父様は…穏やかな笑みを浮かべていた。
「教会の事は、気にしなくてもよい。なぁに、いつも多額の寄付をしているのだ。気兼ねはいらない。それに…そんなことは我儘とは言わぬ。お前は、自分の人生をずっとこのアーレンスマイヤ家に捧げてきてくれたのだから。…そんな、そんな些細なことは、我儘などとは言わぬよ」
「父様…」
「幸せになりなさい。…アレクセイ」
「は、はい」
「…ミハイルの息子よ。私は参列者の前で、私のかけがえのない友人の息子に、大事な娘を託すのだ。こんなに嬉しいことはないぞ。ありがとう…」
「いえ…。僕も、父とは浅からぬ縁である貴方のお嬢さんを皆の前で託される名誉を…とても誇らしく思います。ありがとうございます」
父様に差し出された手をアレクセイが固く握り返した。
