第九十六話 Ⅶ
「…初めまして…」
「…よろしく…」
お互いの両親に紹介されて、リーザとレオニードJr.が引き合わされる。
「ん?どした?リーザ。…いつもの元気と押しの強さはどこいった?」
言葉少なく挨拶を交わす若い二人に、アレクセイが茶々を入れる。
「な…!」
リーザが何か言い返す前に、そんなアレクセイの足を傍のユリウスが思い切り踏みつけた。
「いって!何すんだよ!」
「全くお前って子は…。いい歳してデリカシーを弁えなさい」
ユリウスの言いたいことをヴァシリーサが代弁する。
「ま、まぁ…。まずは、乾杯しましょう。皆グラスは行き渡ったわね?ユリウスは、レモネードでいいの?」
そんなアレクセイたちの間に入り取りなしてくれたアデール夫人に、ユリウスがコクリと頷いた。
「では再会を祝して…乾杯」
レオニードの音頭で、まずはシャンパンで久々の再会を祝し、年越しの宴が始まった。
〜〜〜〜
「二人、結婚したのだったわね。おめでとう」
「ありがとう。式も挙げていないのに…二人からは過分なお祝いの品を頂いてしまって」
「おめでたい事ですもの。二人の門出…いいえ、新しい家族四人の門出を想いながらお祝いの品を選ぶのは楽しかったですわね?」
「うむ、…であるな」
アデール夫人に同意を求められたレオニードが穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「レオニード、ぼく何だかんだ二度も結婚祝を頂いてしまって…」
「…そんな事を気にしていたのか!構わぬ。祝い事は何度重なっても良いものだ。だが、これで打ち止めにしてもらいたいものだな」
「ばっ…!何言ってやがんだ。縁起でもない事言うな!」
レオニードの軽口にアレクセイが過剰に反応し、傍のユリウスを抱き寄せる。
「あら、ご馳走さま。レオニード、その心配はなさそうよ。お幸せにね」
「ありがとう…。あの、ね。実は…」
ーー今年の夏に…もう一度お祝い事が重なる…予定なんだ。
ユリウスがお腹に手を当て、アレクセイを見上げる。
そんなユリウスに大きく頷くと、アレクセイが続けた。
「夏に…子供が生まれる予定なんだ。四人の門出…ではなくて、五人の門出かな」
二人の報告にアデールとレオニード、そしてロストフスキーが目を瞠る。
「それは…おめでとう。あ…だから」
ユリウスの手にしていたグラスに注がれたレモネードに目をやる。
「うん…」
「体調は?大丈夫なのか?」
「うん。お陰様で。体調はいいよ」
「私は…Jr.を身ごもったアデールが孤軍奮闘していた時に…その事すら知らずにいた」
わずかに表情を曇らせ自分と息子を見つめたレオニードに、アデールが「それは違う」というようにそっと首を横に振った。
「わたくしは決して孤軍奮闘ではありませんでしたわ。…わたくしを傍で支えてくれて、味方になってくれたネーリや、それからネーリの弟夫婦がいた。それに、あなたが譲って下さった領地は、出産した後のわたくし達の心強い拠り所となった。そばにいなくても…あなたはわたくしを力強く支えてくれた…」
「アデール…」
「奥様…」
往時を思い出したネーリが目の縁を赤くして小さく鼻を鳴らす。
「何泣いているのですか」
「だって…奥様…」
両手で顔を覆い肩を震わせるネーリにアデールがハンカチを差し出した。
「涙を拭きなさい」
「そんな勿体ない!…失礼致します」
そっと席を外すネーリの背中を見つめながらレオニードが呟いた。
「忠実な…とてもよい侍従だ。そなたの宝であるな」
「ええ。…彼女がいつもそばについていてくれたから…わたくしはこうして生きてこれた」
「アデールさんにとってのネーリは…まるでレオニードにとってのロストフスキーさんだね」
ユリウスの言葉に
「そんな!…勿体ない!!」
とロストフスキーが首まで真っ赤になる。
「フッ…。そうだな」
「いえそんな…。もう。…やめて下さい」
レオニード当人からも肯定され、身の置き所がないと言うように真っ赤になって俯いた。
〜〜〜〜
乾杯と軽い近況報告が済み、女性陣は主にシャンパンをお伴に果物やチョコレートを摘みながら、そして男性陣は専らウォッカと、今年もユリウスが持参したキャビアをお供に楽しい年越しの時間は続いて行く。
「コレコレ!やっぱこの食べ方だよなあ」
ゆで卵にたっぷりと載せたキャビアに齧り付き、ウォッカで流し込む。
「うむ」
「身体に悪そうですけどね…」
「でも美味しいです」
レオニードJr.も紳士方に混ざり、ゆで卵にこんもりと盛り付けたキャビアを頬張る。
(ただしそのお供はウォッカではなくレモネードだったが)
「卵もキャビアもまだ山ほどあるぞ」
「ウォッカもな…」
「そして日付が変わるまで、時間もうなるほどありますね」
「今日だけはキャビアとウォッカの悦楽に頭のてっぺんまで溺れようぜ」
アレクセイがレオニードとロストフスキーの空いたグラスにウォッカを注いだ。
「リーザもキャビアはいかが?」
アデールがそんな男性陣を横目にリーザにもキャビアを勧める。
「ありがとうございます…。でも」
「こいつら魚卵苦手みたいなんだよ。こんなに美味いのになぁ」
リーザの代わりに横からアレクセイが答える。
「サケやマスのお肉は好きなんだけど…ね」
リーザとユリウスがそう言って顔を見合わせた。
「あら、そうなの。でもザクースカもペリメニも…沢山あるから遠慮なく召し上がってね?ユリウスも、悪阻とかは…?」
アデールの気遣いにユリウスが微笑む。
「うん、今は全然ないよ。大丈夫」
「結婚に懐妊…とあなたにとっても盛りだくさんの一年だったでしょうけど…わたくしも今年は色々あってね…」
シャンパングラスを傾けながらアデールがため息と共に今年を回顧する。
「色々?」
首を傾げたユリウスに
「あら、ヤダ、知らないの?…てっきりヨーロッパ中で話題になったものだと」
それはあまり良い出来事ではなかったようだ。事情を知っているのであろうレオニードたちとヴァシリーサも苦々しい表情を浮かべる。
「バイエルンは…田舎だから」
「あの、ね」
ーー革命前の…ロシアにいた頃のことよ。わたくしが…まだ今よりもずっと愚かで浅はかだった頃のこと…。
「おい、アデール…!」
チラリと夫と息子に視線を向け、静かな声で語り始めようとしたアデールを制しかけたレオニードに、「いいのよ」というよう眼差しで答えると、アデールは続けた。
〜〜〜〜
現在のアデールしか知らないユリウスたちにとってそれは衝撃的な話だった。
まだアデールがレオニードJr.を宿す前、夫婦仲があまり上手くいっていなかったこともあり、アデールは結婚前に恋仲だった男と、依然恋愛関係にあったと言う。
「いくら多忙な夫に放っておかれて寂しかったとはいえ…本当に愚かだった。自分が本当は誰を、何を欲しているのかその真実から目を逸らし、刹那の寂しさを紛らわすことばかりにかまけていた。わたくしは夫のいる身でありながら、コンスタンチン…結婚前の恋人と関係を続けて…時に夫を蔑ろにし、宮廷や社交の場にも堂々と連れ立って顔を出していた。…わたくしは本当に愚かだった」
アデールの赤裸々な過去の告白は続く。
ーー幸い…わたくしの本当の気持ちがレオニードに伝わることとなって、あ、これは、間接的にはあなたのおかげだったのよね…、わたくしとレオニードは名実ともに夫婦となり、わたくしも憑き物が落ちたように馬鹿な振る舞いをやめ、コンスタンチンとの関係も自然消滅して行った。その後離婚そして出産を経てわたくしも宮廷とは疎遠になっていたので…その後彼がどんな風に生きていたのか、あの革命後生きていたのか死んでいたのか、海外へ亡命したのか、又は国内にいるのか…消息は一切不明だった。…知りたくもなかったし。でも…。
「でも?」
ーーわたくしは、過去を断ち切ったつもりでいても…過去というのは消しさることのできないものなのね。…今年になってとある亡命ロシア貴族の赤裸々な回想録が、ヨーロッパ各地のタブロイド紙で連載され…それは…とても衝撃的なものだった。内容は…革命前の彼の艶聞がスキャンダラスに書かれたもので…その相手は革命後に他国へ逃れた名族や…王族筋の人間も含まれていて…その中にわたくしの名前もあった。
「な…!」
アデールの話にユリウスとリーザ、それからレナーテが青ざめる。
「ひどい…」
思わず呟いたリーザに、
「…でしょう?ひどい男よね。…あなたも男性を見る目を養いなさい。でないと…」
自嘲的になるアデールを「アデールさん!」とヴァシリーサが優しい声で嗜める。
「あら、話が逸れてしまったわね。…続けるわ。すぐにその筋に圧力をかけて連載そのものは差し止めたのだけど…やはり一度世間に出たものは、ね。そのせいで…随分とわたくしの恥ずべき過去も世間に知れ渡ることとなって、このためにわたくしのかけがえのない家族にも…多大なる迷惑をかけてしまった。レオニードやヴェーラさん、それから…Jr.にも随分と学校で肩身の狭い想いをさせてしまった」
そこまで語って大きなため息をついたアデールに、
「私は何も変わらぬ と何度も言ったであろう」
と、顔色ひとつ表情一つ変えずにそう言ったレオニードは、相変わらず…とも言うべきか。きっと渦中にあった時も変わらぬ毅然とした態度を貫いてアデールを支えていただろう事が容易に想像できる。
「あなた…」
「僕も、全くご心配には及びません。…確かに喧しい輩はおりましたが…、監督生のエドワードが庇ってくれて、僕の名誉を守ってくれました。彼は「お前は信じたい人を信じれば良い。言いたい奴には言わせておけ」と言ってくれて…だから」
「監督生?」
耳慣れない言葉に首を傾げたユリウスに
「パブリックスクールには…下級生が上級生とペアを組んで、下級生は上級生の身の回りの世話を、そして上級生はその下級生に対して責任を持つ という制度があるのだ。エドワードは、Jr.の監督生であるな」
とレオニードが説明する。
「Jr.は、エドワードの事をとても尊敬しているのよね。一度お会いしたけれど、とても立派な生徒だったわ。彼にお任せしていればこの子も安心だと思った…」
アデールもこの上級生の人となりに全幅の信頼を置いているようだ。
「ハイ!僕も…ゆくゆくはエドワードのような上級生になりたいです」
「へぇ…俺も寄宿舎にいたけど、そんな制度はなかったなあ。先輩だろうが同級生だろうが気に食わないやつ、因縁つけてくるやつは…拳とヴァイオリンの腕前で黙らせてやったぜ」
アレクセイもゼバス時代を振り返る。
「アレクセイ…お前って子は」
「もう、アレクセイったら野蛮!」
眉を潜めるヴァシリーサとリーザに、
「まぁ、それは…我々も、士官学校も似たようなものであるな?ロストフスキー」
とレオニードが妙にアレクセイに共感を示して、ロストフスキーに同意を求めた。
「はい。結局男だけの社会というのは、最後にモノを言うのは力…な訳でして」
「えー。おじ様とロストフスキーさんにもそんな時代があったのぉ?」
「何だ!そんなに驚くことか?…私たちとて、若い時代はあったのだぞ。なぁ、ロストフスキー」
「はい。夜を徹しての酒盛りや…お忍びで街へと繰り出したりも。士官学校は…厳しかったけれども、今こうして思い出してみるとその中にも楽しいことは多々ございました…」
「あれが…我々の青春時代だったのだな…」
感慨深げに頷く夫に
「あなたが…結婚前の事をこのように語るのを…わたくし初めて聞きましたわ」
とアデールがしんみりと呟く。
「え?…そうなのですか?!」
アデールのその言葉にJr.が驚いたような顔を見せた。
「僕は…最近父上からよく聞いていました。ご自身の若い頃の…僕と同じように寮に入っていた頃の士官学校の話を」
「まぁ!そうだったの?…知らなかった」
息子の告白に思わず目を見開いたアデールに
「その…色々あったから…な。休暇の折に帰省したこれと…渓流釣りなどに興じながら…な」
少し決まり悪そうにレオニードが白状した。
「あなた…」
自分の知らないところで、夫がきちんと息子が受けたであろう心の傷をフォローしてくれていた事を初めて知り、アデールが声を詰まらせる。
「泣くではない!…せっかくの宴の席が…しんみりしてしまうだろう!」
ぶっきらぼうにレオニードがハンカチを差し出す。
「ええ…。そうですわね。ごめんなさい」と、何度も言いながらアデールがこみ上げる涙をそっと拭った。
「…その一連の事件の話は、まだ続きがあるのですよ」
珍しくロストフスキーが新たに話の口火を切る。
「ロストフスキー!」
「すみません…。この楽しい年越の集いに、わたくしも少しウォッカが過ぎたようでしょうか?…話してもよろしいですか?」
咎めるようなレオニードに対して、ロストフスキーがレオニードではなく、アデールに視線を向けた。
それに対してアデールがコクリと頷く。
「あの話にはまだ続きがあるのです。その方面に圧力をかけて連載を差し止めたものの、あちらもあちらでならば連載誌を変えて…と、様相はさながらイタチごっこ…もはや泥仕合の体をなしておりました。コンスタンチンも出せば出すほど読者が飛びつき、すっかり時の人気取りで、《20世紀のカサノバ》《ロマノフ王朝のドンファン》などとメディアから持ち上げられ、すっかりいい気になっておりました。のみならず、自分との過去をこれ以上暴露されてくなければ、そちらの出方次第で考えてやってもいい…などと益々増長してくる始末。そんな奴を…最終的にぐうの音も出ないほどに黙らせたのは、侯だったのです」
「へぇ…どんな方法を使ったんだよ」
アレクセイの言葉に、レオニードがこともなげに答える。
「ロシア貴族が…名誉を傷つけられたロシア貴族が取る手段と言ったら…あれしかなかろう」
「え…?!」
レオニードの言うところの「あれ」に思い当たったアレクセイがロストフスキーとアデールと、それからヴァシリーサに向けた視線に、三人がコクリと頷いてみせた。
「え?何なの?そのロシア式の解決法というのは?」
ユリウスの問いかけにロストフスキーが続ける。
「侯は…あのいまいましい回顧録の掲載されたメディアにわたりをつけ、コンスタンチンに決闘を申し込んだのです。…しかもそれをすべての掲載誌に堂々と告知した。あの愚かなコンスタンチンといえど、侯が―、レオニード・ユスーポフという男がどんな人間であるか忘れるほどの愚か者ではない。しかも…今の奴にはなんの後ろ盾もない。庇い立てして助けてくれる人間は誰もいないのです」
「妻の名誉を汚したのだ。ロシア人…いや、ロシア貴族に名を連ねていたのならば、当然覚悟しておくべきだったな。私は…兄のようにはならぬから、覚悟を決めよ とメディアを通じて私の意向を奴に伝えたまでだ」
「え?…お兄様?レオニード、お兄様がいたの?」
「ああ。若い頃に…不名誉な決闘で命を落として…な」
「そうでしたわ…ね」
「あの事件がなければそのまま家と爵位は兄が継ぎ…そなたは、もしかしたら私の義姉になっていたかもしれぬな」
「今更…意味のない「もしも」ですわ。…ごめんなさい。話の腰を折ってしまったわね。続けて頂戴な。ロストフスキー」
アデールに促され、「では…」とロストフスキーが続ける。
「侯は正式にコンスタンチンに決闘を申し込んだ。介添人を立て、彼にこちらの意向を伝えさせた。「剣でもピストルでも、そなたの好きな方を選ぶがよい」と。その介添人に、コンスタンチンは震え上がった。介添人はイタリアのフェンシングチャンピオンにしてストックホルム、アントワープオリンピック二大会連続メダリスト。おまけに先の大戦では戦功を挙げて母国イタリアから勲章を受けているヨーロッパでも名だたる猛者だったから。仮に自分が汚い手を使って侯を倒したとしても、その介添人からまでは到底逃れられないと思って観念したのでしょう。コンスタンチンは…」
「コンスタンチンは?」
「その決闘の果たし状を受け取ると顔面蒼白になって震え上がったそうです。そしてその直後…姿を消しました。以来ヨーロッパで彼の姿を見たものはありません。噂では…大西洋上アメリカ行きの船で姿を見かけたというのを聞きましたが…アメリカにいるのかどうかは定かではありません」
「ふん。あのような輩は、痛い目を見ないと分からぬのだ。革命前と違ってもう奴には後ろ盾も何もない…まさに裸のドンファンだったからな。脅しが効いたようだ」
「レオニード…あなたって」
「私はこれでも奴の名誉を慮って、もっとも貴族らしい名誉のある落とし前のつけ方を示したまでだ。…まぁアデール以下名誉を傷つけられた諸兄諸姉に変わって制裁の一撃を与えることが出来なかったのは惜しいことではあった…」
「ヒュウ!生粋の貴族ってのは…何だな。やっぱ俺には分からんな」
肩をすくめてそう言ったアレクセイに、レオニードが問いかける。
「そうは言うが、では貴様、もしユリウスの名誉が傷つけられたらそなたどうする?」
その問いにアレクセイが即答する。
「ぶっ殺す。その場でそいつの首をへし折る」
「であろう?同じことだ」
「そう言えばアレクセイ…昔…ぼくが暴行未遂に遭った時に、「世界の果てまで相手を探し出してぶっ殺す」って言ってくれたよね。ぼく、あの時とても嬉しかったんだ…」
「そ、そうだった…な」
「あの時にユーリカが思いのほかショックから早く立ち直ったのは、あなたのおかげだったわ。本当にありがとう」
思いがけずユリウスとレナーテから二十年近く昔の話を持ち出された上に改めて感謝の言葉を捧げられて、「ハハ…アハハ」と照れ笑いを浮かべるしかないアレクセイに、
「お前も中々ホネがあるじゃないかぇ?本当にユリウスのことが好きだったのですねえ」
と、ヴァシリーサからもしみじみ言われ、この時ばかりはアレクセイも真顔になり
「はい。例え一緒に生きることは叶わなくとも…俺の愛する女は生涯こいつ一人 と胸に決めておりました」と祖母に答えた。
「アレクセイ…」
ユリウスの碧の瞳に涙がこみ上げてくる。
「何泣いてんだよ。…何だよ、この集いは!今日は笑いながら陽気に年を越すんじゃなかったのか?!」
「そう…でしたわね」
「そうだね…」
先程まで涙を拭っていたアデールがまだ目の縁を赤くしながらユリウスに笑いかける。
笑いかけられたユリウスも泣き笑いの顔で笑みを返す。
その時ーー
零時を告げる置き時計の振り子の音が館に鳴り響いた。
同時に遠くから上がる花火の音が聞こえてくる。
「年明けだ!」
「新年おめでとう!」
その場に集った老いも、若きも、男も女も、その場に居合すことの出来る喜びを噛み締めながら、来たる新年を祝い、改めて祝杯を挙げたのだった。
〜〜おまけ〜〜
「あら…ソワが眠そうにしているわね。…リーザ、悪いけどこの子を寝床まで連れて行ってあげてくれるかしら?」
「はい。お安いご用です」
皆から少し離れたところで身体を丸めて寝たそうにしているソワをそっと抱き上げる。
ーーキュウ…
「よしよし。今ベッドに連れて行ってあげるからね…」
リーザの腕の中で小さく鳴いたソワの耳元で優しく囁く。
「レオニード、あなたリーザにソワの寝床を案内して差し上げて」
突然母親に振られたJr.が「え?」と弾かれたように母親とリーザの顔を交互に見る。
「ほら、早く」
「あ…、ハイ」
ーーこっち…です。
「あ、ありがと…」
ぎこちなく会話を交わしJr.の後についてソワを抱いたリーザがサロンを出て行った。
ーーパタン…
「何だ、アデール。犬ならばネーリにでも…」
そう言いかけた夫に
「やっぱりあなたは朴念仁…」
とクスクス笑いで応じる。
「え?」
「気を利かせたのですよ。わたくしは。…だってあの二人、お互い意識しちゃって「はじめまして」と「どうも」しか言葉を交わしていないじゃないですか。だから、きっかけを作ってあげたのですよ」
「ふふ…。それもそうだね。許嫁どころか…お互い牽制しながら終わってしまうところだったね」
二人の母親同士がそう言って笑い合った。
この二人がお互いの子供達の義母になるのか否かはー、今はまだ神のみぞ知るところ…。