第九十六話 Ⅱ
「遠いところから、よく来てくれましたね」
ーー待っていましたよ。会いたかった。
グラースの屋敷でお祖母様が俺、いや俺と俺の家族を迎えてくれた。
「お祖母様!」
ユリウスとお祖母様が抱き合い再会を喜び合う。
「まぁあ、ユリウス。相変わらず綺麗だこと。まぁ、その指に輝く綺麗なものを婆によく見せておくれでないかえ?」
お祖母様がユリウスの右手を取った。
「アレクセイが…プロポーズの時にプレゼントしてくれたのです。とても、嬉しかった」
頰を染めてそう言うユリウスにお祖母様が
「結婚したのでしたね。やっと顔を見て祝福出来ました。おめでとう、二人とも。アレクセイ、婆に…お前の新しい家族を紹介しておくれでないかえ」
俺とその傍の、レナーテさんとリーザに微笑みかけた。
〜〜〜〜
「お祖母様、紹介します。俺の新しい家族、義母のレナーテさんと、それから…娘のリーザ、エリーザベトです」
「初めまして。アレクセイの祖母の、ヴァシリーサ・ミハイロヴァと申します。グラースへようこそ。今日の日を首を長くして待っておりましたよ」
「ユリウスの母のレナーテと申します。お初にお目にかかります。ミハイロヴァ夫人。この度はわたくし共までお屋敷にお招き下さりありがとうございます」
「アレクセイの家族ですもの。当然ですよ。この子は…幼くして両親に死に別れ、肉親の縁の薄かった可哀想な子です。どうぞ、息子として…この子を慈しんであげてください」
「勿論ですわ。彼はとても優しくて親切で頼りになる…申し分のない息子で、今やわたくしたちのかけがえのない家族ですもの」
「初めまして。お祖母様。ユリウスの娘で、アレクセイの娘になったエリーザベトと申します。お会いできて光栄です」
「まぁあ!こんなに愛らしいお嬢さん!!…アレクセイや、お前も父親になったのだから今まで以上に…」
「ハイハイ。じゅーぶんに肝に命じていますよ。父親としての義務と覚悟は!」
「アレクセイは…楽しくて頼りになって、おまけにハンサムで。とてもいいお父さんです」
「そうですか…そうですか。ありがとう。えーと…」
「リーザ と呼ばれています。お祖母様もそう呼んで下さい」
「ありがとうね、リーザ。この子を…父と認めてくれて。本当にありがとう。これからもよろしくお願いしますね」
リーザの細い肩を抱きしめたお祖母様の声が、涙で少しくぐもっていた。
〜〜〜〜
通されたサロンにはやはり今年も英国へ帰ったアデール夫人から託されたのだろう、窓辺に置かれた敷物に寝そべった小さなスパニエル犬のソワがうつらうつらと冬の日差しを浴びていた。
その小さな愛らしい姿にリーザが歓声を上げる。
「わぁ!可愛い。おいでおいで」
かがんで手を叩いて自分を呼ぶ声に、いい加減退屈に飽いていたソワが、小さな頭を起こすとふさふさの尻尾をちぎれんばかりに振りながらリーザの元に走り寄り飛びついて、かがんだリーザの頰を舐めた。
「ホホ…。ソワもいい遊び相手が来てくれましたね。年寄りばかりでいい加減退屈しきっていたところだったのですよ」
マントルピースに目をやると、今年はイコンの傍に二つの銀の写真立てに収められた写真が飾られている。
俺が送った、二つの家族写真だった。
「これ…」
「ぼっちゃまが送って下さった、家族写真でございますよ。奥様はそれはそれはお喜びなすってねえ。奥様も奥様のお母様もお嬢様もそれはそれは別嬪だ とか、アーレンスマイヤ家はとても立派なお家のようで安心した とか、ねぇ。一番いいところに飾って毎日眺めてわたくしたちにも話しておりましたのよ」
お茶の支度をしながら、リザが話してくれた。
そうか…。
送ってよかった な。
お祖母様に写真を送ることを提案してくれたユリウスに感謝を込めて小さく頷き、肩を抱く。
肩を抱かれたユリウスが俺を見上げ、笑顔で小さく頷き返してくれた。
去年と同じようにレーゲンスブルクから持参したユリウスたちの作ったクリスマス菓子をつまみながらお茶にする。
「今年もまだヨールカツリーは飾っていないのですよ」
オークネフがまだ裸の円錐型の木に視線をやった。
「今年はお嬢様も、お手伝い頂けますか?」
オークネフに水を向けられたリーザが膝にソワを抱きながら笑顔で答えた。
「ええ。喜んで!」
〜〜〜〜
「アレクセイは…いつもぼくに最高のプレゼントをもたらしてくれるのです。イザーク…ピアニストのイザーク・ヴァイスハイトの浮上のきっかけを作ってくれたのもアレクセイだったし、ずっと昔に交わした約束を覚えていてくれていて、ぼくに海を見せてくれた。その時に…プロポーズもしてくれて、ぼくと一生手を取り合って生きていこうと言ってくれて…」
ユリウスがほんのりと頰を染めて自分の指に煌めく指輪を指先で撫でながら続けた。
「それにこないだも…」
潤んだユリウスの碧の瞳が俺に向けられる。
「こないだの降誕祭の時にアレクセイは…素敵な約束をしてくれたんです。「いつか一緒に舞台に立って演奏しよう」って。最高の、クリスマスプレゼントだった…」
「そんなこと…」
勿論空手形にする気はさらさらないが、まさかあの何気無い約束をこんなに喜んでくれていたとは!
「そんなこと じゃないよ。ぼくとても…とても嬉しかった。こうして二人で叶えていく未来の約束をアレクセイが提示してくれるたびに、「あぁ、なんて幸せなんだろう」って自分の幸せを噛みしめるんだ」
「ホホ…。ユリウスは、欲がないのですねぇ。確かにものをねだるほど今のこの子は資産など持ってはおりませんが、クリスマスなんですもの、もっと甘えておねだりしても良いのですよ?ねぇ、アレクセイ」
「お、おう!お前、もっと何か欲しいものないのか?」
「ないよ。ぼくにはあなたがぼくに約束してくれる未来こそが、何よりのプレゼントなのだから」
あっさり俺の強がりをいなす。
「ご馳走さま〜〜!もう、毎日、終始この調子なんですよぉ?この二人。ねぇ、おばあちゃま?」
「そうね、ホホ。でもいいことだわ。…えぇ、夫婦仲の良いのは本当に良いこと」
レナーテさんのその言葉が重く心に響く。
リーザが幼い頃に離婚したユリウスとその前夫。
元はと言えばアルフレートのおっさんがレナーテさんとの間にユリウスをもうける仲となったのも…夫婦の不仲が原因と聞いた。
「アレクセイや。夫婦仲の良いのは良いことですが…多感な年頃の娘の前ですよ」
大っぴらに惚気る俺とユリウスを嗜める婆さんに、リーザがこともなげに言った。
「いえ、いいんです。ママもアレクセイも、思いの丈惚気て…仲良くしてくれて。ママとアレクセイが再会してこういう風になるまで…正直私は男性というものに、そして恋愛というものに、幾分かの不信感を持っていました。お祖母様もご存知かとは思いますが、私の両親…ママと今はスイスにいる私の実父は、私の幼い頃離婚しました。…原因は、父の不貞です。結婚に際して非嫡出子、私にとって異母姉に当たる存在を隠していたばかりではなく、ママという人がありながら結婚前にいい仲だったその女性との間に…再び子をもうける仲にまでなりました。尊敬してやまない私の祖父でさえ…正妻であった伯母様のお母様、前アーレンスマイヤ夫人の他に…おばあちゃまと恋仲になって、そしてママが生まれています。誰かが恋するその一方で…誰かが傷つく。恋している当人たちはいいかもしれないけれど…そんな行為に私はどこかずっと冷めた感情を持ち続けていました」
「リーザ…」
「でも…でもね、ママとアレクセイを見ていると、長い間使命と宿命に引き離されてもそれでもずっとお互いを一途に想い続けて、それで再会を果たした二人の人生を思うにつけ、こんな恋をするのもありなんじゃないかって…最近思うようになってきたんです。恋愛のもたらす喜びも苦しみも愚かしさも、そして一途さも…生きていく上でそれらに頑なに背を向けることは、人生を謳歌することに背を向けるものではないか…と思えてきたんです。そうして、頑なな拒否反応を、一旦手離してみたら…」
「みたら?」
「なんだか、世界の色が今までと違って見えてさえ来るようになりました。自分の目の前にかかっていた灰色の紗が外れて、眩しいような鮮やかなような…そんな感じ?…私はまだ…ママが少女時代にアレクセイに対して心を焦がしたような恋には出会えていません。でも、ママが初恋を経験した歳になる前に、心の紗が取れたことは…とても良かったと思います。…私も、遠からぬ将来、ママやそれからおばあちゃまのような恋をしたいです」
「リーザ…」
リーザの心の内の吐露に、ユリウスは言葉も出ないようだった。
「きっと、出来るわ。あなたも、ステキな男性と出会って、恋をする。おばあちゃまやお母様のようにね」
言葉の出ないユリウスの代わりに、レナーテさんがユリウスの心の内を代弁し、孫娘の金の頭をそっと抱き寄せた。
「うん…うん」
少し頰を昂揚させ、瞳をキラキラと輝せながらリーザが何度もレナーテさんの腕の中で頷いた。
〜〜〜〜
「俺とお前の初舞台の件、実はな、現実化に向けて、具体的にスタートしているんだぜ?」
夕食後サロンで寛ぎながら切り出した俺に、
「現実化?どういうこと?」
ユリウスがティーカップを手にしたまま小首を傾げた。
「実はな…」
俺は持参した封筒から書類の束を取り出して、皆の前に広げた。
「サクランボの花の…音楽祭?」
「企画書?」
「聞いて驚くな?実はな、音楽祭の開催を計画しているんだ。今年の夏、お前と二人でユトレヒトの音楽祭に行ったろ?それで「あぁ、こういう音楽祭、ここでも出来ないかな」とずっと思ってて。で、ヘルマン・ヴィルクリヒにその話をすることがあったんだよ、そしたら奴さんも大乗り気で。「是非やろう!ウチの学校の連中も人前で演奏する機会が増える」って。発起人の筆頭に名乗りを上げてくれたんだ。で、ヴィルクリヒと俺が発起人になって計画はスタートした。まぁ、今回は時間もないしテスト開催で規模もあまり大きくないが、会場ももう内定しているし、協賛も大口をいくつか取り付けられたんだ。例えばキッペンベルク商会に、ブレンネル総合病院…」
「えー?キッペンベルク商会にブレンネル総合病院〜〜?…ぼく何も聞いてないよ。…ベッティーナからも、それからカタリーナからも!」
「へ?マジか?きっと当然知っているものと思ってあえて話題にもしなかったのかもしれないなぁ。悪かった!伝えるのが最後になっちまって!」
ーーパン!
アレクセイがぼくの前で拝むように両手を合わせて頭を下げる。
「んもう!酷いんだ!こんなステキな計画、ぼくに黙って水面下で進めてたなんて。しかもヴィルクリヒ先生までグルになって!それに…なんでウチに、アーレンスマイヤ商会に最初に協賛を申し入れてくれなかったの?」
「いやだって…協賛のいの一番にアーレンスマイヤ商会の名前があったら…「なんだ、結局女房の財布だのみかよ」って思われるだろう?…ちゃんと、アーレンスマイヤ商会系の会社には改めて俺が企画書を持参して協賛のお願いに上がるつもりだったよ。…受けてくれるかな?協賛の申し入れ。参加者にも、聴衆にも忘れられないような、いい音楽祭にするよ」
「勿論!会場は…あのサクランボ農園の村なんだね」
「ああ。前にお前から今はあの村は富裕層の老人向けのヴィラと観光農園で生計を立てていると聞いていたからな。音楽祭の会場の候補を上げるときに真っ先に思いついたんだ。ヴィラの有閑マダムや紳士たちは娯楽に飢えているし、あの村に音楽祭で人を呼べれば観光農園の方へも上手くやれば人が流れる。同時にファーマーズマーケットも開催して、サクランボの加工品…ジャムやキルシュワッサー、それからハチミツといった特産品も販売する予定なんだ。会場もヴィラのレクリエーションルームやカフェテラス、エントランスを提供してもらえるそうだ」
「これは…個人の協賛も受け付けているのね」
企画書から顔を上げたレナーテさんが俺に言った。
「えぇそうです。おかげさまでヴィラの住人たちからもかなり協賛が取れましたね」
「そうなのですか…。オークネフ、小切手帳を」
お祖母様がオークネフに小切手帳を持ってくるように言いつける。
小切手を切り俺に手渡した。
「ささやかだけど、結婚のお祝いですよ。有意義に使いなさい」
「いや、いやいや!お祖母様、ダメですよ」
固辞しようとする俺に、
「ダメなものですか!さあ、受け取りなさい」
とお祖母様も引かず押し問答となる。
その様子を見かねたユリウスが横からやんわりと俺とお祖母様の間に入って、その小切手を受け取ってくれた。
「ありがとうございます。お祖母様。御心有り難く頂戴致します。ね、アレクセイ?」
「あ、ああ…。ありがとう…ございます」
「そう。それで良いのですよ。励みなさい」
小切手を受け取ってもらえてお祖母様は上機嫌だ。
「じゃあ私も…。ハイ」
いつのまにかレナーテさんまで小切手を切り、俺に手渡してくる。
「え?えーー?!…まいったな。どうしたらいいんだろう」
思わぬ事態に俺はユリウスに視線で助け舟を求める。
「母さん、ありがとう。これは有り難く使わせていただきます」
困惑しきった俺に代わって、ユリウスが心からの感謝の気持ちとともにそれを受け取ってくれた。
レナーテさんの顔にも満足気な笑みが浮かんだ。
「実はレナーテさんには、別のことをお願いしようと思っていたのですよ」
「あら、何かしら?私で役に立つことならば喜んで」
「音楽祭のポスターを始めとするデザイン全般を、レナーテさんに依頼しようと考えていたのです。引き受けて頂けますか?」
「あら、喜んで!…でもいいのかしら?私なんかで。もっとそういうものってコンペとかで…」
「あ、イヤ。そんな大それたものでもないし。今年はテスト開催だから…。でもこれも、後ほどきちんと依頼に上がりますよ。宜しくお願いします」
「ええ。では内内だけど、心積もりしておきますね。でも、もし他の人にお願いするという話になったら、その時は遠慮なく言って頂戴ね?気兼ねしないでね」
「いやもうそんな…。人気デザイナーのレナーテさんが、内内とは言え引き受けてくれて、ホッとしてますよ〜」
「ねぇ、ところで。この空欄て、結局誰が入る予定なの?」
リーザが空欄になっている、総合プロデューサーの欄を指差した。
「ホントだ。空欄だ。ヴィルクリヒ先生でも…アレクセイでもないのかな?」
その疑問に俺はそれだ!と言わんばかりのしたり顔で二人に答えた。
「おいおい。レーゲンスブルクが、ゼバスが生んだ天才を、お前ら忘れちまったのか?つれないなあ。ここに入るのは、奴をおいて他にいないだろう?」
そう言って胸元の万年筆を取り出すと、空いているその欄に、カリカリと名前を書き添える。
Isaak Weisheit
「あ!」
その名前にユリウスとリーザとレナーテさんが同時に声をあげる。
「そうか…。そう だよね。ここはイザーク…だよね!アレクセイ、やっぱりスゴイ!」
「でもこれって…イザークおじさまは、承知してるの?」
「いや…これから…。ま、まだ、音楽祭までは日数あるしな!これから口説くんだよ!」
「えー?まさかの見切り発車ぁ?だーいじょうぶかなぁ?」
「当たり前だ!俺を誰だとも思ってんだ!偉大なるゾンマーシュミット先輩だぞ?奴が断るわけ…」
「でもイザークだって、お勉強もあるし、色々多忙なんじゃないかしら?」
「どちらにしろ、これは早目に着手した方がいいかもね」
「うう…。そ、そうだな。イヤ…イヤイヤイヤ!弱気は厳禁だ!交渉というのはだな、断られてからが本当のスタートなんだよ!頼みごとってのはなあ、相手が受けてくれるまで粘ってナンボじゃ!俺はイザークが首を縦に降るまで、何度だってミュンヘンへ足を運ぶ覚悟だぞ!」
「そう。…頑張ってね。でもイザークが総合プロデューサーとして名前を連ねてくれると…この音楽祭の大きなハクになるよねえ」
「そうなんだよ。やっぱここにイザークの名前があるのとないのでは、ハクに違いが出てくるんだよな〜」
「演奏を聴いたことはありませんが、ピアニストのイザーク・ヴァイスハイトの名声ならば、ロシアのサンクトペテルブルクにまで届いてましたよ。コンサートツアーの時に新聞でも大きく取り上げられてましたからね」
「あぁ、それは戦争前の世界ツアーですね。そうだった…あのツアーにサンクトペテルブルクも含まれてたんだな…」
俺はあの頃…都から遠く離れたシベリアで試練の時期を送ってたのだっけ。
「あちらの、農園の時期的には、大丈夫なの?」
「ええ。花の時期も美しかったので、その時期…5月の末を考えています。そこで充分農園をアピール出来れば、その後の収穫時期にもリピーターとして集客が見込めるかもしれない」
「そうなんだ。…懐かしいね。二人で行った…最初で最後だった遠出の外出。白い雪のような満開のサクランボの花と、優しいおじさんおばさんのおもてなし…それから」
「あのサクランボの木に誓った…」
若く幼かった俺たちが、密かに誓い合った永遠の愛。
あの頃は自らに課せられた試練と使命に、二人で生きる未来など考えられなかった。
こうして今再び手を取り共に生きる人生に、改めて感慨が湧いてくる。
「確か二人のあの思い出の「夢路より」も、その時に弾いた曲、なのですよね?」
「ええ」
「二人が切ない恋の思い出と共に披露してくれたあの曲…、私の心にも深く深く刻まれていますからねぇ」
なんだか嬉しいな。
「で、話を最初に戻すとな。この音楽祭は、プロや音楽学校の学生の参加は勿論のこと、アマチュアも参加出来るんだ。街中に設けられた無数の会場でプロアマの垣根を超えて音楽を楽しむ。で、どうだろう、ユリウス。俺も一演奏家として出演を考えているんだが。俺と一緒に共演してくれませんかねえ?」
「え?!」
アレクセイと?
共演?!
しかも、あの思い出の村で!!
え〜〜〜!どうしよう!どうしよう!!
嬉しい!
「お願いしますよ。俺と一緒にステージに上がってください」
「…どうもこうも…勿論オーケーに決まってるじゃん!嬉しい!!…ぼくこそ、ステージに上がって沢山のお客様の前で演奏するのは生まれて初めてですが、どうぞ宜しくお願いします」
「お、おぅ。頑張ろうぜ!楽しみだなあ。俺とお前で立つステージ」
「うん。そうだね」
「あとで曲目決めようぜ」
「ずる〜い。リーザはぁ?一人仲間はずれ!」
盛り上がる俺とユリウスの傍でむくれているリーザに
「あとでヘルマン・ヴィルクリヒから話が行くと思うけど、音楽祭のオープニングで、ゼバスのオケも演奏するんだよ。リーザはそちらのハープの賛助をお願いできないかな?いつもいつもリーザ頼みですまんが」
とオケのハープの賛助の依頼を持ちかける。
「…頼まれてくれるか?リーザ」
「しょうがないなぁ」
リーザが口とは裏腹に嬉しくてしょうがないと言った笑顔で受けてくれた。
「先生は?今回も指導のみ?それとも指揮台に上がるのかな?」
「あぁ、奴は今回もゼバスの管弦楽団の連中の指導…と言ったとこかな」
「指揮はしないの?今回も専科の学生?」
「総合プロデューサーが首を縦に振ってくれなければ…その時は奴か専科の学生がやるしかないだろうな」
「それって…!」
「そう。イザークの音楽の世界への復帰だ。奴の音楽人生の原点でもある、ゼバスの連中とな。これ程奴の復帰にぴったりなシチュエーションはないと思わないか?」
「うん…うん!アレクセイ、何としてでもイザークを口説いて…首を縦に振らせてね!期待してるからね!イザークの復活!…なんて素敵なんだろう。…ぼく、ぼく…」
「わー!何泣いてるんだよ。しょうがないな。…ホラ、拭け!涙」
感極まって涙ぐむユリウスにハンカチを手渡す。
「ママ、良かったね」
「あなたはイザークの一番のファンだったからね」
涙にむせぶユリウスをレナーテさんとリーザが肩を抱きながら慰めている。
「必ず…必ず、イザークをあの場所へ戻してね」
「お、おう!任せとけ。必ずや、奴を指揮台の上に乗せてやるぜ。ヘルマン・ヴィルクリヒも張り切ってるぜ。イザーク・ヴァイスハイトの復帰に相応しいよう、オケの連中の実力を底上げするって」
「ヴォルフィたちの悲鳴と泣きっ面が浮かんでくるようね!」
「お前もだよ、リーザ。これから地獄の特練だからな。だけど、あのイザーク・ヴァイスハイトの復帰演奏の栄誉にあやかるんだから…そのぐらいの覚悟はしてもらわんとな」
「そうだよねぇ。もし実現したら…これは共演するリーザや生徒たちにとっても…一生の誉れになるだろうねえ」
「もし じゃないさ。必ず実現させて見せるさ」
「あの思い出の村での美しい季節に開催される音楽祭。イザークの復活。そして…君とぼくで立つ初めての舞台。あぁ、何て素敵なんだろう。最高のステキなクリスマスプレゼントだよ」
まだ目の縁を赤くして、そう言ったユリウスのハンカチを握りしめた白い手を、ギュッと握りしめた。
俺に手を握りしめられたまま、ユリウスが口を開く。
「あのね…」
心なしか少しはにかんだような口調でユリウスが皆の前で切り出した。
「ぼくからも…あなたに、ううん、皆にプレゼントがあるんだ。皆も聞いてほしい。あのね…ぼく」
「うん?」
ユリウスの手を握りしめたまま、先を促す。
皆もユリウスの次の言葉を待つように彼女に注目し耳を傾ける。
はにかみながらユリウスは続けた。
「あのね…ぼく、赤ちゃんを授かったんだ。産まれるのは、夏の終わり頃。家族が一人、増える…ううん、もうすでにこのお腹の中に一人増えた家族の小さな命が確かに息づいているんだ。あなたお父さんになるんだよ」
はにかみながらも嬉しさを隠せずに頰を僅かに赤らめ碧の瞳を輝かせながらユリウスは皆に新しい命が宿ったことを告げると、俺の手を取り命の宿った腹の上にそっと載せたんだ。
ええ?!
えーーーー!?