第九十五話 Ⅰ
「リーザ、ハイこれ。お父様から」
例年クリスマスになると送られてきていたカードが、今年は自宅ではなくユリウスのオフィス宛に届いていたという。
母親からカードを手渡され、封を切ってカードを開く。
毎年これと言って変わらない、両親が別れて以来ずっとクリスマスになると送られてくるツリーや雪景色や何かが描かれたカードに認められた父親の筆跡の短いメッセージ。
ざっと目を通してカードを閉じると、封筒に納め宛名に目を落とす。
「…ヘンなの。なんで今年はママのオフィス宛なんだろ」
フッと小さく笑ってそう言ったリーザに、ユリウスが答える。
「何でだろうねえ」
娘の手にした封筒に記されたブルーグレーのインクの筆跡。
5年ばかりを夫婦として過ごした前夫との時間は、もう遥かに遠い記憶のようで、こうして改めて懐かしい筆跡を目にすると、何だか遠い別の世界からやって来た手紙のようにすら思える。
「もしかして…ママが再婚して新しい旦那さん…アレクセイに気、使ったのかな?」
「そっか。そうかもしれないね」
しばらく手にした封筒の宛名に目を落としていたリーザがポツリと言った。
「…ねぇ、ママ。これ…お父様に、お返事書いた方がいいかな?」
自分を見上げた碧の瞳に優しく頷く。
「それは勿論。書いてあげて。お父様、喜ぶよ」
この娘が、子供の頃には父親宛に毎年出していたクリスマスカードをいつの頃からか出さなくなっていたことは、ユリウスも知っていた。
恐らく物事の分別のついてくる歳になり、父親の新しい家庭ー、現在の妻や子供…、それはリーザの異母弟に当たるのだがー、を慮ってのことなのだろう。
細やかな気遣いができるようになった娘の成長を感慨深く思うのと同時に、そんな気遣いをさせてしまった自分たち親が、不甲斐なく申し訳なかった。
「カード買いに…クリスマスマーケット、行こうかな。ね、つきあってよ。四人で、ママとリーザと、それからアレクセイとおばあちゃまの四人で、行きたいな」
「そうだね。うん、ママもロンドンの人たちやグラースにカード出そうかな」
「アレクセイも、グラースのおばあさまに出した方がいいよね。いかにも筆不精っぽいけど」
「フフ…。ホントだね〜。勧めてあげたら?みんなで大事な人たちにカード書いて出そう」
「あ!そうだ。クリスマスマーケット、ユーベルも連れて行ってあげよう。きっと喜ぶよ」
「そうだね。…イザーク、クリスマスもミュンヘンに残るらしいからね。じゃあ途中で助産院に寄ってこうか」
「あの子アレクセイのこと大好きだから、大はしゃぎするね〜」
1921年ー
ユリウスとアレクセイが再び結ばれて、新しい家族として迎える最初のクリスマスが、もうじきやってくる。