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第九十一話 Ⅰ

レーゲンスブルク中央駅で、キスを交わしユリウスと別れる。

 

俺たちの旅が終わった。

 

アムステルダムで、ユトレヒトで、アントワープで、そしてオステンドで―。

 

時に俺たちはあの頃の切ない約束を一つずつ回収し、そして時に未来へ繋がる確固とした楔を打ち込んで行き…そして最終地オステンドではあるべき未来を誓い合い、俺たちはその旅路を終えた。

 

ドイツへ帰る列車で、これからのことをユリウスと沢山話した。

 

「ねぇ…」

 

「ん?なんだ」

 

「…ぼく、ユリア・ゾンマーシュミットになるんだね。でも…表には出せないけれど、心の中では…ユリア・ミハイロフって名乗ってもいいかな?」

 

思いもつかなかったが、改めてユリウスにそう言われて、感慨が湧いて来る。

ミハイロフ家のユリウス…。

アレクセイ・ミハイロフの妻…。

 

「ロシアでは男女で姓の名乗り方が異なるから、そうすると、ユリア・ミハイロヴァ だな。嬉しいよ。お前が…心の中でもそう名乗ってくれて…」

 

「そっか…ミハイロヴァ なんだね。ユリア・ミハイロヴァ…ユリウス・ミハイロヴァ…」

―― ウフフ…

こそばゆそうにユリウスが俺に笑顔を向けた。

 

「式は…どうするか?」

 

俺の問いかけにユリウスは暫し考えるような間の後に答えた。

 

「式は…挙げたい気持ちもなくはないけど、それはいいよ。ぼくも再婚だし、それに…現実問題ぼくたちが教会で式を挙げるのって…変じゃない?」

 

そりゃ…そうだな。

ユリウスが再婚というのはいいとして、出自の問題から信仰は篤いが洗礼を受けていないユリウスと、主義信条から信仰を棄てている俺。

 

今更カトリック教会で挙式…というのも変な話だな。

 

「そか…。それもそうだな」

 

「これから、どうする?あなたさえよければ…うちで暮らそうよ。空いている部屋もあるし、第一…結婚して夫婦になったのに、いつまでも離れて住んでいるなんて…変だよ」

 

「ああ…そういや、そうだな。いいのか?」

 

「勿論」

 

「じゃあ、少しずつ引っ越しの準備を進めるかな。って言っても荷物なんてほとんどないがな」

 

「うん。空き部屋に置いていた荷物を出して、お掃除して待っているよ」

 

「その前に、ちゃんとリーザとレナーテさんには話しておいてくれよ。特にリーザには。きちんと話して納得してもらってからじゃなきゃ…」

 

「うん。分かってる。それは…ぼくがちゃんと話して納得してもらう。…任せて」

 

「お前が話したら俺からもちゃんと挨拶に行くからな。頼むぞ」

 

「うん」

 

 

―― それから…ね。

 

ユリウスがちょっとはにかみながら切り出す。

 

「ぼく、子供が欲しいな。…あなたとの子供。すぐじゃなくてもいいから…いつか」

 

ユリウスのその願いに胸がキュっと締め付けられる。

 

俺の…俺たちの子供。

 

ユリウスにそっくりな愛らしい赤ん坊が脳裡に浮かぶ。

 

「ああ。俺もだ。俺たちの赤ん坊…きっと可愛いだろうな」

 

「うん。女の子もいいけど…ぼく男の子が欲しいな。あなたにそっくりなやんちゃな男の子」

 

「俺は女の子もいいと思うぞ。ユリウスに、そしてリーザによく似た面差しの、美しくて聡明で優しい女の子…」

 

尽きない未来の話をあれやこれやしているうちに、列車はレーゲンスブルクへ到着した。

 

「あぁ…ずっと一緒だったのに…朝も、夜もずっと隣にあなたがいたのに、また離れ離れ」

 

ホームに入り列車が停車する。ユリウスの表情が残念そうに僅かに曇った。

 

「そんな顔するな。…笑顔でレナーテさんとリーザの元に戻ってやれ。…俺はいつものあの楽器店にいるんだから」

 

ユリウスをなだめ、むくれた頬を指先でチョイチョイとつつき、手を差し出して立たせると、頬にチュっとキスをした。

 

ユリウスの顔に笑顔が戻る。

 

「そうだね。暫しのお別れだけど、すぐにウチに来てね。待ってるから!」

 

―― 愛してる。

 

俺とユリウスは列車を降りると駅で暫しの別れをし、それぞれの居場所へと戻って行った。

 

こうして暫しの別れとなった俺たちだったが…。

 

俺の甘い甘い新婚生活の妄想とは裏腹に、その日以来俺の前にユリウスがぷっつり姿を見せなくなってしまった。

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