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第八十六話 Ⅳ
今日一日を振り返りながらバルコニーに出たら、多分あいつも今日の昂りを鎮めようと思ったのだろう、隣室のバルコニーで夜空を眺めていた。
「おぅ」
バルコニー越しに声をかける。
ユリウスが微笑む。
微かな風があいつの長い金髪をそよがせ、夜の帳に柔らかな光となって浮かび上がる。
金色の光に包まれた俺のエウリディケ。
風に煽られた髪を手で押さえながら、「最高の年明けだった…。あなたが傍にいる…あなたの傍にいる1921年…」とユリウスが夜鳴鶯のソプラノで囁く。
俺も同じ気持ちだ。
お前と一緒に迎える新年。
これから始まる俺とお前の人生。
そして
幸せそうだったお祖母様の笑顔。
「ありがとうな」
おもむろに俺の口から出た感謝の言葉に、
「なぁに?突然に」
とユリウスが小首を傾げながら小さく笑う。
「色々…」
「うん…」
「静かだな…」
「うん…」
二人してただただ夜空を見上げる。
昔、二人レーゲンスブルクの大地に降り注ぐ春の雨になって川を大地を潤す甘美な妄想を抱いた。
長い時を経て俺たちは、こうしてそば近くで、夜の帳に包まれている。
想うだけではない。
そばにいる幸せ。
「クシュン!」
夜着にガウンを羽織ったユリウスの小さなくしゃみに、妄想から解き放たれ我に返る。
「ドイツより暖かいとはいえ、その恰好じゃ冷えるな。そろそろ入ろうか」
「そうだね」
一瞬の逡巡の後に、俺は意を決して口にした。
「そっちへ…行ってもいいか?」
その言葉にユリウスは一瞬びっくりしたような表情を見せた後、艶やかに微笑んで答えたんだ!
「来て。アレクセイ。待ってる」
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