第八十四話 C/W ユリウス
ーー決まらない…。
ドレッサーの前で化粧ガウン姿のぼくはベッドの上に広げたドレスに向かって唸っていた…。
アーレンスマイヤ屋敷にアレクセイを招いて食事をすることになった。
“手土産を買うので付き合って欲しい”と言われたので、もうすぐアレクセイが迎えにやって来るのに、ぼくはまだ着る洋服すら決まらずにいる体たらくだった。
再会した日は乱れ放題の服と髪に涙でクチャクチャの顔、翌日は風邪の為すっぴんに髪も結わず夜着姿、そしてこの間は自宅に招いたために、ホームウエア…。
思えばぼくはまだ再会した恋人に本気の自分を一度も見せていなかった。
綺麗になった とは言ってくれたものの、ぼく自身も不本意だし、もうあの頃のように若さが全てをカバーしてくれるような歳でもないことも十二分に承知していた。
ーーあ〜〜!どうしよう!どうしよう!!なに着てったらいいか分かんないよ!ってか、よくよく考えたらただ実家でご飯食べるだけなのに…バカなのか?ぼくは!…え?キャッ!ウソでしょ?もうこんな時間?!
時計を見てギョッとしたタイミングで、ドアをノックする音と、母さんの心配そうな声がした。
「ユーリカ、もうこんな時間だけど。あら?!あなたまだそんな格好してるの?」
中々自室から出てこないぼくの様子を見にきた母さんがまだ髪も結わずすっぴんで化粧ガウン姿のぼくに目を丸くする。
「だって…」
ーー何着ていけばいいか…中々決まらなくて。
途方にくれて小声で答えたぼくに、母さんの後ろからヒョコッとリーザも顔を出す。
「コレ!ママ、コレにしなよ」
ベッドに広げたドレスのうちの一枚をリーザが即断で指差した。
それはシンプルな、こっくりとした深い紺のベルベット地のドレスで、装飾はないものの身体に沿うようなカッティングの美しさと生地の良さが際立っていて、実は我ながらこのドレスは、ぼくの金髪と肌色と、それからガリ体型を綺麗に見せてくれるとっておきの一枚だと…思ってたんだ。
「絶対これがいい。これ着た時のママ、無敵だよ」
リーザが言い切る。
「リーザの言う通りね。これにパールを合わせるといいわ。座りなさい。母さんが髪を結ってあげるから、あなたはお化粧に取り掛かりなさいな」
母さんもリーザの意見を後押ししてくれた。
「ありがと…母さん、リーザ」
母さんに髪を任せ、軽く白粉をはたき赤の口紅を丁寧に引く。
「さ、出来た。綺麗よ、ユーリカ」
昔からそうしていたように母さんが結い上がった髪にそっとキスをし、耳元で囁く。
ーー綺麗よ、ユーリカ。
女の子に戻った時から何百回何千回耳元で囁いてくれたその言葉に、ぼくは鏡ごしに笑顔で応えた。
そのタイミングで呼び鈴が鳴った。
「じゃあ、先に行くね」
「ええ。私とリーザは二人で屋敷へ向かうわ」
ーーはい。
呼び鈴に答えて開いたドアから現れたぼくの姿を、アレクセイが無言でジッと見つめている。
「?…どうしたの?アレクセイ」
ぼくの声にアレクセイが我に返ったように言ってくれたんだ!
「…あまりに綺麗で、息を飲んだ」
アレクセイから一番聞きたかった言葉!!
…嬉しい!
なんだかぼくは…リーザじゃないけど…その言葉に無敵になった気がした。
「ありがと」
ーー行こっか。
騎士にエスコートされる女王様になったような心持ちで、ぼくはとびきりの笑顔と共に彼が差し出した腕に手を絡めた。