第六十八話 (前)

アーレンスマイヤ家の敷地にテニスコートが出現した。
「フロイラインもずっと離れに篭ってじっとしてばかりだとストレスも溜まるし、第一健康に良くないよ」
フロイラインをダシにした形でユリウスが半ば強引に周囲を押し切って作らせたコートは、立派な赤土のコートに、アンパイアチェアーと、ギャラリー用に、テントの張られたベンチまで設置された本格的なものであった。
(本当はキッペンベルク家のような芝のコートが良かったようであるが、流石に芝が育つまで待っていられずに、やむなくクレイのコートとなった)
早速天気の良い週末に、屋敷内総勢のテニス大会とあいなった。
「全く、何がフロイラインのためよ!」
「えへへ。バレてた?」
「まぁまぁ。こうやって皆で楽しんでいるのだからいいじゃない?僕も君の勇姿と麗しいテニスウェア姿を拝めて眼福だよ」
姉妹の間にゆるりとダーヴィトが割って入る。
(右手の古傷のためにプレイに参加できない彼は専らアンパイヤを引き受けていた)
開放的なノースリーブのブラウスから伸びる、女性たちのしなやかな腕が何とも眩い。
「思い切り走るのなんて…子供の頃以来だけど、とても楽しくて、何と言っても素晴しい爽快感だわ」
先程ゲームを終えたばかりでラケットを胸に抱え、額に玉の汗を浮かべながら晴れ晴れとした表情でそう言ったヴェーラに、皆が大きく頷く。
「ていうかさ、はしたないとか言って渋っていた割には、姉様もヴェーラも、結構強いよね」
先程からこの二人に苦戦し続けていたユリウスとフロイラインが顔を見合わせて頷き合う。
敏捷性と、近頃空いた時間さえあればキッペンベルク家のコートでベッティーナとプレイに打ち込んでいた経験値こそ勝るが、長身でリーチの長い体格的なアドバンテージと、そこから繰り出される強打、そして何よりも相手とゲームの流れを冷静に読みコースを打ち分けて来る老獪なプレイスタイルの二人に、ユリウスは苦戦を強いられ続けていたのだった。
「そう?」
「やっぱ体格のハンデは大きいなあ。ぼくが思い切り走って拾う球も姉様とヴェーラは手を伸ばすと届いてしまうのだもの」
「何だ。体格のことを今更どうこう言ったとて、仕方なかろう。パワーと体格はその分フットワークを磨いて対応するのだな」
したり顔でそう言ったレオニードに
「いーだ!言われなくてもそうします〜ぅ」
とユリウスが大げさに顔をしかめて答える。
「…何という顔をしてるのだ。まったく。お父上殿も呆れていらっしゃるぞ」
ベンチでゲームの様子を楽しげに見ていたアーレンスマイヤ氏にチラリと視線をやりながら呆れたように答えたレオニードに、
「まぁまぁ。侯爵。親父様はお転婆だろうがしかめっ面だろうが、愛娘のする事は何でも可愛くて仕方がないのですよ」
とダーヴィトが混ぜ返し、その言葉に相好を崩していたアーレンスマイヤ氏が決まり悪そうにゴホッと咳払いをする。
「フロイライン、ゲームをしよう!」
「うん」
「伯父様、審判をお願い」
「はいはい」
リーザとフロイラインが連れ立ってコートに入って行った。