第六十六話
~~intermezzo ただ今試着中~~
午後になりアーレンスマイヤ家に外商がやって来た。
レオニードの意を受けて、ユリウスが何と言ったのかは分からないが、何竿ものラックに掛けられたドレス、山と積み上げられた靴箱と帽子箱、それからジュエリーのボックスが部屋に運ばれて来て、まるで部屋がブティックのような状態になる。
「これはどうかしら?」
ヴェーラと体型が近く、同じ黒髪黒い瞳のマリア・バルバラも参加し、自分にドレスを当ててユリウスに意見を伺う。
「いいね。絶対似合う!ハイ!これも着てみて」
ユリウスが衝立の向こうのヴェーラにその洋服を手渡した。
遠慮に加えて、革命前に自分が着ていたベルエポック風のドレスとは全く趣の異なる新しい時代のドレスに戸惑ったのもあり、選びあぐねて中々ラックに手を伸ばさないヴェーラの代わりに、ユリウスとマリア・バルバラが彼女に似合いそうなものを次々にセレクトし、試着させていく。
「どうかしら?」
渡された服を纏ったヴェーラが、おずおずと衝立から顔を出す。
アール・デコらしい幾何学的な模様の施されたゴールドベージュのシルク地のドレスに揃いのガウンのついたアンサンブルドレスが長身のプロポーションとキリリとした美貌によく映える。
「わぁ!やっぱり似合う。これもお取り置きしよう」
お取り置き用のラックにどんどんドレスが掛けられていく。
一方、フロイライン―、プリンセスアナスタシアは、少女らしい無邪気さでラックから気に入ったドレスを次から次へと選び出し、身体に当て鏡に映すと、まるで姉に接するような気軽さでユリウスに意見を求めている。
「ねえ、これどう思う?」
フロイラインに意見を求められたユリウスが、
「え~~?さっきも同じようなドレス選んでなかった?似合うけど~、もっと違う感じのも選んでみたら?」
―ほら~。貴女が選んだドレス皆同じようなのばかりだよ。
ユリウスがアナスタシアの選んだドレスをかけたラックを一瞥する。たしかに似たような色合いの似たような雰囲気のドレスが連なっている。
ユリウスが別のラックからこっくりした朱赤でフロントに同色の飾りリボンのついた一着を選び出し、「ほら、こんなのはどう?すっごく似合うよ」とフロイラインに当てて見せた。
「ホント~?派手じゃない?」
「いいじゃない。可愛らしくてよく似合ってるよ。ねえ、二人とも、どう思う?」
マリア・バルバラと、ドレスを試着して衝立から顔を出したヴェーラに意見を求める。
「あら、いいじゃない。そういう華やかで可愛らしいデザイン着られるの今だけよ」
「素敵だと思うわ。わたくしもこういうフェミニンなデザインに憧れたものだけど…。男っぽい顔立ちのせいなのか…あまり似合わなくてね」
たしかに宮廷に上がっていた時の彼女は、いつもシックで上品なドレスを着用してたように思う。そのために随分と大人っぽく見えたが、あれはもしかしたら今の自分とさして変わらない時分だったのかもしれない。
そんな事を思い出しながら、今の彼女を見る。戦争が始まる前までのベルエポック風の前時代のドレスよりも、今のシンプルなドレスの方が彼女の魅力をよく引き立てているように思える。長い手足も、長身も、遠い祖先にメソポタミアの古い血の混ざっているという、女性としてはやや目鼻立ちがきつめのエキゾチックな美貌も、きっぱりと潔いショートヘアさえも、彼女の美質が全て相まって今っぽく洗練されている。
「ヴェーラさん、素敵…。まるでファッションカタログのモデルさんみたい」
ドレスアップしたヴェーラに、フロイラインがうっとりと称賛を贈る。
おもいがけず称賛を贈られたヴェーラが思わず頬を染める。
「え?わ、わたくしが…ですか?そんな。背も高すぎるし…おまけにこんな断髪で」
「あら、あなたのような体型だからドレスが映えるのよ。わたくしもね、女性にしては背が高いでしょう?だから娘時代は殿方となかなか釣り合いが取れなくて、肩身が狭い思いをしたものよ。特にダンスの時とか!」
マリア・バルバラの言葉に、「あ!それよく分かります。…ダンスで組むと…殿方が嫌な顔を一瞬するのですよね。何なんだ。このかかしみたいに背の高い女は…って顔して」とヴェーラが顔を輝かせて同意する。
「でもね、この今風のシンプルなドレスはね、どうやらわたくしたちのような長身のかかし体型の方がかっこよく着こなせるみたいなのよ。ドレスのシルエットが大きく変わり出したころからかしら。同性に「あなたみたいにスリムな体型が羨ましい」って言われ出して。なんだか変な気分だわ」
「ですわね。…娘時代はコンプレックスですらあったのに」
ふふ…。
マリア・バルバラとヴェーラが顔を見合わせて笑いあった。
「それに断髪は、今一番新しいヘアスタイルだよ。雑誌やカタログのモデルさんや映画の女優さんも、最近髪の短い人が圧倒的に多いよね。出張でミュンヘンやベルリンに行った時もショートヘアの素敵な女性を結構目にするよ。おしゃれの好きなぼくの友人も…さっそくバッサリ髪に鋏を入れて…お姑さんを仰天させていたよ。「修道院に入るつもりなのか!」ってね」
「ああ、ベッティーナね。…最初は驚いたけど、なかなか似合っているわよね」
「そうそう。似合ってるよね。今風で颯爽としていて。ベッティーナらしいよね」
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「ただいま戻りました。あ、素敵!」
女学校から連れだって戻って来たリーザとアニエスが、新しいドレスに袖を通した異国の貴婦人たちに賞賛の声を上げる。
「お帰り。リーザ。アニエス。どう?」
「とても素敵です。ファッションモデルさんか女優さんみたい」
「さっきもね。そう言っていたところだったの」
「これ、フロイラインのドレス?ねえ、この帽子!ドレスに合うよ」
リーザが帽子の一つを取り、ドレスとコーディネートしてみせた。
「あ、ホントだ」
「この帽子…リボンが色違いもある…。ねえ、ママ…」
もう一方の色違いのリボンのついた方の帽子を手にして母親を上目づかいで見上げる娘に、ユリウスが折れる。
「いいよ。…すいません、この帽子は私に請求書を回して下さい。それから…このドレスも」
傍らでラックに掛けられたドレスの内の一着を手に取ってみていたアニエスのドレスをユリウスが指さし外商に指示すると、「それ、あなたに似合うと思うよ。着てみてごらんよ」とドレスをアニエスの身体に当てて鏡の前に立たせてみせた。