第九十二話
Scene.1
「おう」
あのユリウスの逆プロポーズから1日明け、閉店間際にヘルマン・ヴィルクリヒが店に現れた。
「行こうぜ」
「行くか」
いつもの通り閉店まで店で生徒たちと話して時間を潰し、おれが出られるようになるのを待っている。
「ホイ、これ。…あんたに頼まれたやつ」
「お!すまんね。ありがとう」
店を閉めて、アントワープで求めた例の頼まれものを、ようやく奴に渡せた。
「なぁ、これ、喜ぶかな?レナーテ」
ヴィルクリヒがまるでゼバスのガキどものように瞳を輝かせて俺に訊いてくる。
「当たり前だ!…ダイヤ嫌いなオンナなんて、この世にいねぇよ。自信持て!言っとくけど、二人で厳選に厳選を重ねた、とびきりのデザインと輝きだぞ」
「ほぅほぅ。そうか!いや、ありがとな。そういやお前たち、なんだ?あの例の場所でプロポーズと熱々なラブシーンを繰り広げてたって話じゃないのか?再会した時といい、相変わらず熱々だなぁ」
「熱々って…」
「ん?なんだ?今時はそう言う言い方、しないのか?」
「イヤ…まぁいいや。どうせ、ゼバスのガキどもから聞いたんだろ?ったく…」
「ああ。まぁな。もう学校中噂で持ちきりだ。アーレンスマイヤ商会のユリアさんの超絶カッコいい逆プロポーズからの、ゾンマーシュミットさんとの熱ーいキスシーン…てな」
「なんだよ…それ。…ハァ。…ま、半分は噂の通りですよ。半分はね」
「半分?」
「プロポーズはしてたんだよ。旅行中に。…それで、その時にイエスの返事も頂いてました。一応ね。…だけどその後で思いがけない事態が起こってな…ハハ」
「あー、レナーテも心配してたな。「あの子の様子が帰ってからおかしいし、クラウスがちっとも顔を見せないわ。どうしたのかしら」…て」
「あーそれだな。リーザ曰く「マリッジブルー」だったそうだ」
「なんだ?そりゃ」
「あいつ、プロポーズは受けたものの、いざ結婚した後の現実の生活のことなんかを考えていたら…なんだ?色々行き詰まってしまったらしくて。それに…リーザの心の問題とか。…恋愛はさ、個人の問題だけど…でも、結婚てさ。それだけじゃ済まないとこあるみたいで。俺はこの年までずっと独りもんだったし、結婚ってモンの意味も、イマイチピンと来ていないというか…まぁ、恋愛の延長上にあるもの?ぐらいにしか認識してなかったんだよ。だけど…ある意味においては…恋愛と結婚てさ、全然別のステージにあるものらしくて。…俺はその重さを理解してなかったんだ。ユリウス、結婚という選択肢を取らずにあんたとレナーテさんみたいな関係でいた方がいいんじゃないかとまで思いつめてたらしくて」
「私と?つまり通い婚の事実婚みたいな?」
「まぁ…有り体に言えば」
「ふぅん。そっか…。あいつも大概にめんどくさいオンナだなぁ。ハハ…。お前ら、よく似たもの同士だよ。生真面目で、バカがつくほど生真面目で…。そういうとこ、お互い大事にしてけよ。…お前たちは、いい夫婦になるよ。私が折り紙つけてやる。…結婚、しろよ。誰を、何を憚ることもないさ。それにお前さんは、結婚を軽く考えてなどおらんよ。充分結婚の重さを受け止めてる。大丈夫だ。…マリッジブルー、抜け出せて良かったな」
ーー一体…何がきっかけでそのマリッジブルーとやらを抜け出したんだ?
「あぁ。それが…他でもないリーザだったんだ」
ーーあいつが楽器屋を訪ねてきてくれて…な。
俺は昨日の出来事をヘルマン・ヴィルクリヒに話して聞かせた。
〜〜〜〜
「へぇ、リーザが…ね」
「あいつ、幸せを掴むことに戸惑っている母親の背中を押して欲しいって…。めんどくさいとこもあるけど、それもママの、ユリウスの優しさだって…。大した子だよ」
「ふぅん。そうか…。いや、でも。血は、争えんな。あの子…母親と、ユリウスと同じことしてるよ」
どこか懐かしそうに、ヘルマン・ヴィルクリヒが灰色の目を細めた。
「?」
「確かな、お前さんが退学してこの街を出て行った直後のことだったよ。…あの家も、それから私も、あの頃色々あってな。レナーテはそのせいで私の前から身を引こうとしたんだ。私と逢うことを頑なに拒んでいたレナーテの元に、ユリウスは私を連れてきて、今のリーザのように母親を説得したんだ。「愛する人の手を取ることを躊躇わないで」って」
そうだったのか…。
あいつ…。
少女の頃の、あの時最後に目に焼き付けた髪に白い花を挿した少女のユリウスの面影が目の奥に蘇る。
「親の生き様を…子は、なぞっていくもの なのかな」
「そうかもしれんな…。私は、親と過ごした時間があまりにも短かったから、実のところよく分からんけどな。でもあの親子三代を見ていると…そういうものかもしれんなぁ」
「俺も同じさ。7つになる頃には、両親共他界していたよ」
「そうか。…クラウス、温かな、いい家庭を作れよ」
「ああ。ありがとうな」
温かな家庭…
ヘルマン・ヴィルクリヒの祝福のその一言が、心に沁みた。
「いらっしゃい。…随分と暫くぶりになってしまったわね。ユーリカが待っているわ、クラウス」
玄関で(いつものようにヴィルクリヒに腰を抱き寄せられキスを受けながら)、レナーテさんがいつもの笑顔で俺を迎えてくれた。
「ご無沙汰致しました。レナーテさん。…今日俺たち、俺とユリウスは皆さんにお知らせすることがあります」
「あら、何かしら。…楽しみね。でもともあれ、食事にしましょう。さあ、二人とも入って頂戴」
「ウン、いい匂いだ。今日は鱒かな?」
家の奥のダイニングから漂う香りにヴィルクリヒが鼻をひくつかせる。
「ええ、そうよ。ご明察」
ダイニングの奥から愛しい碧い瞳が微笑んだ。
「アレクセイ、いらっしゃい」
〜〜〜〜
いつものようにヴィルクリヒの祈りの言葉で、晩餐が始まった。
ーー言うか?
ーーうん!
「私たち、結婚します」
テーブルの下で手を握り合い、違いに目配せして、二人で声を揃えてその報告を切り出した。
もう…分かりきってはいることだけど、その報告を受け、3人のフォークが止まり、俺たち二人に視線が注がれる。
一瞬の沈黙のあと、
「うん。いいんじゃないか」
「ええ。よかったわねえ」
「おめでとう、二人とも」
拍手と共に衒いのない祝いの言葉で祝福された。
「あ…ありがとう」
「それで…ね。あの…これからなんだけど、アレクセイもここで」
「それならば、空いてる部屋はとっくに中のもの出して、掃除済みだよ」
おずおずと切り出したユリウスの言葉を、あっけらかんとリーザが制した。
「え?」
「ママがマリッジブルーでうだうだ思い悩んでるあいだに、やっといた」
「リーザ…」
「だから、あとはあそこをアレクセイの書斎にするなり、二人の寝室にするなり…ご自由にね。アレクセイ、引っ越し、手伝おうか?」
「い…いや。大丈夫だ。もとより大したものは持ってないから」
「そう。じゃあ二、三日のうちにこっちに移って来れるよね。これからよろしくね」
少なからずあったであろう自分の心の中の葛藤に折り合いをつけ、サッサと(それも一人で)新しい家族を迎える準備を進めていたこの目の前の娘に…俺もユリウスももはや感嘆のため息しか出なかった。
「ホホ…。さすがはリーザ。手筈がいいのね」
「えへへ。でも、新しい家族で始まる生活を考えながらの作業は、結構楽しかったよ。ホントだよ。それよりさ、旅行から帰ってきてからママ、マリッジブルーでおかしくなっちゃったからさ、まだリーザ旅の話もちゃんと聞かせてもらってないんだけど?」
リーザの言葉に俺とユリウスは思わず顔を見合わせ、プッと小さく吹き出した。
「それもそうだね。まだ旅の出来事も、何も話してなかったね!」
「そうだよ〜。でもその前に!ママ。ママの指に煌めくキレイなやつ、ちゃんと見せてよ。ママったらこないだ、サッと手で隠しちゃうんだもの!」
口を尖らせてそう言ったリーザに、ユリウスが少しバツが悪そうに俺とリーザの顔を交互に見た。
リーザの可愛い膨れツラと済まなそうなユリウスの上目遣いに、
「おう。穴が開くまでご覧あれ!」
と俺はテーブルの下で握っていたユリウスの右手をテーブルに差し出し、同時に俺の右手も隣に添えて、例の指輪を披露して見せた。
〜〜〜〜
「キレイねえ」
「二人、ペアなんだね。ステキ!」
ユリウスと俺のペアリングに特に女性二人、レナーテさんとリーザが目を輝かせる。
「デザインが洒落てるね。リーザ結婚指輪って、金のプレーンなリングだとばかり思ってたけど…こういう洒落たのもあるんだね」
「これは金と…プラチナなのかしら?」
「うん。コンビの部分に仕掛けがあって…」
「ギメルリングというらしいんだ。こうして…重なってる部分をスライドさせると…」
俺の指輪を外して、金とプラチナの部分をスライドさせて見せた。
「わぁ!凄い。なんか…スペシャルな感じだねえ。いいなぁ。リーザも…いつかそんな指輪を贈られたいな」
「リーザにも遠くない将来、きっとその日が来るよ。ママの愛しいキューピッド」
ユリウスが娘に愛おしげな眼差しを向けて微笑んだ。
「本当に良かったわねえ。…この指輪、あなたにとてもよく似合っている」
感慨深げに幸せそうな娘の指輪をはめられた手にレナーテさんが手を伸ばす。
そんなレナーテさんの様子を見つめているヘルマン・ヴィルクリヒに目で合図を送る。
ーー行け!今だ。
口パクでそう言って、手でゴーサインを送る。
俺のサインを見てヘルマンが小さく頷いた。
「あー、レナーテ」
ーーゴホン…。
勿体ぶって咳払いなんかして切り出したヘルマン・ヴィルクリヒに皆の視線が集中する。
「?」
不思議そうにそんなヘルマン・ヴィルクリヒを見つめているレナーテさんに奴が続ける。
「えーと…、手、出して?」
「?」
「あぁ、そっちの手じゃない。こっちだ」
小首を傾げながら左手を出したレナーテさんの右手を取り、薬指に例の指輪を滑らせた。
透明なダイヤモンドがダイニングの照明を受けて澄んだ光を放った。
「!!」
「旅に出る前に…二人に頼んでたんだ。ウン、よく似合うな。サイズもピッタリだ」
「ヘルマン…あなた」
思いがけないこのプレゼントにレナーテさんは言葉が出てこないようだ。
ユリウスと同じ大きな碧の瞳を見開き、恋人の顔をまじまじと見つめている。
「…そんなに見つめられると…照れるな。ずっと…贈りたかったんだ。指輪。…念願が叶って…よかった」
「私に…指輪…を?」
「あぁ。そうだよ。君に、ね。ありがとうな、ユリウス、それからクラウス」
「母さん…綺麗だねえ。とてもよく似合っている」
「そ…そうかしら?…指輪なんて、この歳で、初めてつけた。こんな綺麗な指輪をつけることなんて…私の人生にはないものと思ってた。ありがとう…ヘルマン。嬉しいわ」
「僕こそ、君に…指輪を贈るのに、こんなに待たせてしまってごめんよ。愛してる」
感激で僅かに瞳を潤ませたレナーテさんの指輪のはめられた白い手の上に、ヘルマン・ヴィルクリヒがそっと大きな手を重ねた。
「ねぇ、特別な指輪って…裏に文字を刻んだりするのでしょう?そういうのはしていないの?」
「あぁ。…別に依頼主から特別な要望もなかったし、俺もこいつがショッピングしている隙にこれを選んだからな」
「じゃあさ、じゃあさ!ママとアレクセイが役場に婚姻届出しに行った帰りに、アーレンスマイヤ家が御用達にしている工房で、文字を刻んで貰おうよ!それでさ、そのあとみんなで記念写真を撮るの!ママとアレクセイと、おばあちゃまと先生と、それからリーザで。…家族皆でよ?ねぇ、ママたちも式を挙げないというのだから…そのぐらいはいいでしょう?」
リーザの提案に俺たち大人一同が顔を見合わせる。
「いいんじゃない?」
「うん。いい記念になるかもな」
「さすがはリーザ!」
「そうしよう。早速今週末の午前中はどうだろう?」
「いいね。そうしよう」
…何というか、紆余曲折あってまるでローラーコースターのような俺たちの結婚狂想曲だったが…結末は皆笑顔の大団円を迎えられそうだ。
(これもリーザのお陰だな)
~~~~
そして週末―
「じゃあ行くか」
「ええ」
俺とユリウス、レナーテさんとヘルマン・ヴィルクリヒ、そしてリーザの五人で連れ立って役場へ赴く。
俺を初め皆神妙な面持ちだ。
普段はまず締めないネクタイ姿の俺に、ユリウスが「アレクセイ。素敵だね」と一張羅を褒めてくれた。
「こんな美女と入籍するんだからな。ここはキメとかなきゃだろう」
そう言うヘルマン・ヴィルクリヒもよそ行きでバリッと決めてくれている。
…なんだか、有難いな。
それに、家族って…こんなに温かく心地のいいものなんだな。
役場で結婚の手続きを済ませ、担当職員の有難い(?)訓示を拝聴し、晴れて俺たちは夫婦となった後、ユリウスが予め連絡を入れておいてくれたアーレンスマイヤ家御用達の金工の元へ、指輪に文字を刻みに行った。
職人と相談しながら、俺たちの指輪には二人のイニシャルと今日の日付(結婚記念日だ!)、そしてレナーテさんの指輪には「ヘルマンからレナーテへ」と入れることになった。
作業は1〜2時間で済むというので、指輪を預けている間、街のちょっと高級なレストランで昼食を摂ることにした。
(何と、ヘルマン・ヴィルクリヒからの結婚祝いだという!)
美味しいコース料理とワインで楽しい昼食の時間を過ごしているうちに、引き取りの時間になった。
文字の刻まれた指輪を受け取り、今日最後のイベント、写真館へ記念写真の撮影へと向かう。
「ハイ、笑ってください。いいですね。では行きますよ。ハイ」
パシャ
前列にユリウスとレナーテを座らせ(指輪が写るから絶対にこの並びがいい!とリーザが言い張った)、後列にリーザを真ん中に挟み俺とヘルマンヴィルクリヒという並びの全員写真と、それぞれの夫婦(でいいよな)二組、俺とユリウス、それからレナーテさんとヘルマン・ヴィルクリヒで、それから母娘三人の写真を撮ってもらった。
こんなに写真撮影を楽しいと思ったことは、人生で初めてだった。
1921年夏
こうして俺とユリウスは晴れて夫婦となった。
不滅の恋人は最愛の妻となり、以来ユリア・ゾンマーシュミット・フォン・アーレンスマイヤと名乗ることとなる。
Scene.2
入籍そして家族写真を撮った翌日の日曜、アーレンスマイヤ家に食事に招かれた。
プロポーズの仕切り直しのあの後その足でアーレンスマイヤ氏には結婚の許可の挨拶には伺ったが、今日は改めてアーレンスマイヤ家の人たちに結婚の報告という形だ。
「ご結婚おめでとうございます」
屋敷に到着するなり、執事はじめ会う使用人会う使用人に祝福されて、ありがとうを連発しながらサロンにたどり着く。
「結婚おめでとう。お二人さん」
サロンで俺たちの到着を待ち構えていたダーヴィトたちが結婚を祝福してくれた。
「ありがとう」
「今度こそ末長く幸せになってね」
「叔母さま、綺麗」
「ありがとう、マリア・バルバラ姉様。ありがとう、テレーゼ」
早くもユリウスは感激で目の縁を僅かに赤くして姉と姪っ子と抱き合っている。
俺とダーヴィトも固い抱擁を交わす。
〜〜〜〜
「あなたもうすぐ誕生日だったわよね」
「うん。33歳。…もう若くないね」
「何言っているのだか…。結婚祝いも兼ねて…わたくしとテレーゼからのお誕生日プレゼントよ。おめでとう、ユリウス」
そう言ってマリア・バルバラさんがユリウスに花束を渡した。
それはーー
花に明るくない俺は名前を知らないが小さくて可憐な白い花たちを束ね、アイビーのグリーンを効かせた、まるで花嫁の持つブーケのような清楚で可憐な花束だった。
「…まるで…花嫁さんのブーケみたい…」
ポツリと呟いたユリウスに
「ええ、花嫁さんのブーケをイメージして作って貰ったのよ。だってあなた…お父様から聞いたけど、挙式はしないと言うじゃない!だからせめて…」
そう言ってマリア・バルバラさんが少し残念そうにアルフレートのおっさんをチラッと見た。
「まぁ…私も少し残念ではあるが、結婚というのは…何よりも当事者たちの意向を優先するものであるべきであろう?」
俺たちにそう問いかけながら、おっさんが不満そうなマリア・バルバラさんを宥めた。
「だからね、せめて…ブーケだけ…と思って。ね?お母様?」
「そう言うこと」
「ありがとう…テレーゼ、マリア・バルバラ姉様。嬉しい…」
花束に顔を埋めるようにして、声を詰まらせながらユリウスが姉君と姪に感謝の気持ちを伝えた。
「さぁさ、では皆で今日の幸せなひと時をコイツに残しておこうじゃないか?」
いつの間にダーヴィトが自分の愛機ライカを持って来ていそいそと三脚をセットしている。
「椅子を並べ替えよう。こちらの壁を背にして、うん、そうだ。クラウス、ここへその椅子を四つ並べてくれないか?そうだ。並びは…前列は主役お二人さんとその両親だな。真ん中にユリウスとクラウス、ユリウスの横にはレナーテさん、そしてクラウスの隣は親父様だ。僕ら家族とリーザは後列だな。いいかい?リーザ」
「ええ勿論。構わないわ」
皆慣れっこなのか、ダーヴィトの仕切りの下、いそいそと撮影の陣形を取る。
「あ、クラウス。ちょっといい?」
ユリウスが器用に花束の中から花を何本か抜き取り俺のジャケットの胸元のボタンホールに挿した。
「これがブーケなら…ブートニアもなくちゃね」
ユリウスが眩しそうな笑顔を見せた。
「ん、ありがと。どうだ?男前が上がったか?」
「とても」
「あーお二人さん、気持ちは分かるがいちゃいちゃするのはそのぐらいにしておいて、そろそろいいかい?」
全員の並びを確認すると「では頼むよ」と執事に声かけし、列に収まる。
「畏まりました」
しょっ中この家族の記念写真のシャッター係を仰せつかっているらしい執事はもうすっかり慣れたものである。
三脚の前に立ちファインダーを覗きながら皆に指示を出す。
「後列、もう少しお詰め下さいませ。そう、リーザお嬢様、恐れ入りますが肩にかかった御髪を…」
「これでいい?」
すかさず隣のテレーゼが従姉妹の肩にかかった髪を背中に流してやる。
「はい。よろしゅうございますよ。お二人ともとても麗しゅうございます」
「なんか…執事さんの仕切りの玄人感が半端ないな…」
隣のユリウスに耳打ちする。
「執事はね…しょっ中ダーヴィトに頼まれて家族写真のシャッター係をしているうちに、すっかり腕を上げて、今やカメラの持ち主のダーヴィトよりも腕利きのカメラマンなの」
俺の耳打ちに可笑しそうにそう答えたユリウスに、「それは聞き捨てならないぞ!ユリウス」と後列からダーヴィトの異議が上がる。
「そこお三人!ユリア様クラウスさん、ダーヴィト様!!ちゃんとレンズの方を見る!!」
ひそひそ話をしている俺たちに執事の注意が入る。
「ごめんなさーい。これでいい?」
ユリウスが姿勢を正し、膝の上にブーケを乗せ、とびきりの笑顔をカメラに向ける。
「はい。結構でございます」
「早くしろ!」
ずっとカメラの前で謹直に姿勢を正していたアルフレートのおっさんが痺れを切らす。
「大変お待たせしました。では、参ります。ハイ」
パシャ!
「皆お疲れ様。この写真は大きく引き伸ばしてもらってパネルに仕立ててもらおう」
「わぁ!ホント?楽しみだなぁ。出来上がったら寝室に飾ろうね?それから…一枚余分に焼いてもらって、お祖母様にも送って差し上げよう?」
瞳を輝かせながらユリウスが俺を見上げて言った。
「ああ。そうだな。そうしよう」
こうして、俺とユリウスの寝室には二つの結婚写真が飾られている。
どちらも―
家族写真といっていいだろう。
愛する妻の愛する家族の一員として写った結婚写真。
俺の妻と家族。
新しい人生。そして幸せ。