第百一話
「おい…大丈夫なのか?…ホント、これ」
「…うん。…多分」
煌めくような初夏の光に包まれた中で行われた第1回の音楽祭と結婚式を終え、早くもふた月ばかりが過ぎようとしていた。
当時はまだ外から見た目にはほとんど目立たなかったお腹も盛夏が一息ついて来た頃には、あれよあれよという間に、大きく張り出して来たのだった。
で、冒頭のやり取りである。
妻のはち切れそうな大きなお腹を目の当たりにするにつけ、アレクセイは気が気ではないようである。
大きく張った腹部に触れると、妻の薄く白い皮膚が今にもはち切れそうなのが分かる。
「多分って…本当に平気なのか?破裂しやしないのか?」
真顔で訊いてくるアレクセイにユリウスも神妙な顔つきで答える。
「ぼくも…リーザの時とは明らかにお腹の張り出し方が違うから…あなたと同じことをこないだ…フリデリーケに聞いたんだ。そしたら…」
「そしたら?」
アレクセイがゴクリと固唾を飲みながら、次の言葉を待つ。
「「少なくとも、私が今まで分娩させた妊婦さんには、一人もおりませんでした」って」
「え?ってことは、…お前が第一号になる可能性もあるってことだよな?どうすんだよ、おい」
すっかり顔色を失い狼狽えているアレクセイを、「落ち着いてよ。アレクセイ」と宥めながら「「勿論そうなる前に無事に分娩致しますので、安心下さい」って言われたよ。心強いよね」と腹に置かれた夫の大きな手に自分の手を重ねた。
「あ!」
二人が同時に声を上げた。
「動いた!」
「あ、また!」
二人の掌が、大きく動く胎動を感じ取る。
「…最近、なんだか、手?足?で押したり蹴っ飛ばしたりするような動きを感じるんだよね。もしかしてお腹の中がきついのかな?」
「…かもしれないなあ。こんなにパンパンに張り切ってるもんなあ。…おい、お前さん、パーパは待ってるからな?いつっでも出てきていいんだぞ」
身をかがめてアレクセイがユリウスの腹に向かって呼びかけた。
「うふふ…ムッターも、あなたに会うのが…とても楽しみ。」
ーーもうすぐだね。二人で、頑張ろうね。
寝室には、すでに抜かりなく準備済みのベビーベッドと、来たる日のためにユリウスとレナーテ、そしてお腹の子の姉となるリーザと曽祖母(!!)ヴァシリーサら、女たちが誕生を心待ちにしながら作りためた産着やおくるみなどがきっちりと畳まれて積まれている。
それらを満足げに見やりながらお腹に手を当てて、ユリウスもまだ見ぬお腹の子供に向かって語りかけた。
〜〜〜〜〜
そんなユリウスが産気づいたのは夏が過ぎ去り涼やかな秋が訪れて間もない頃だった。
RRRRRR
アレクセイの働く楽器店の電話が鳴る。
「はい。もしもし…」
ーーアレクセイ?
電話の主はレナーテだった。
ーーあのね、ちょっと前にユーリカが産気づいたの。もうすぐフリデリーケが来てくれるわ。…お仕事中ごめんなさいね。でもあなたにとって初めての子供だし、一応知らせとこうと思って…
「あ、ありがとうございます!お、俺、どうしたら…」
ーーあ、いいのよ。わざわざ帰って来なくとも!一応状況を知らせただけだから。もし何かあれば、また電話するから。こちらは任せて。じゃあ…。
「あ…はい。よ、よろしくお願いします…」
ーーじゃあね。…あなた、いよいよお父さんよ。
チン!
通話を終えた後も、魂を何処かにやったように受話器を握ったまま、ボーっとアレクセイが立ち尽くす。
ーーーツーツーツー
そんないつもと違うアレクセイの様子に、店主が横から声をかける。
「お、おい。クラウス。どうしたって言うんだ?今の電話…?」
「…」
「んあ?」
「生まれる!」
「わわ!」
アレクセイが傍の店主の肩を掴んでガクガクと揺さぶる。
「あわわ。。メガネが落ちる!落ち着け、落ち着けよ。クラウス」
「あ、す、すまん。…生まれるんだ。カミさんの…ユリアの出産が始まったって…今レナーテさん…義母から」
「そ、そうか。良かったな。…いよいよお前さん、父親だな」
ずり落ちた眼鏡を元に戻しながら、店主がアレクセイの肩をポンと叩いた。
「…何してんだよ。今日は上がれよ」
ボウっと突っ立っているアレクセイに店主が声をかける。
「え?でも…」
「いーよ。こんな時ぐらい。帰ってやれよ。奥さんのために。だーいじょうぶだよ。いつも店にたむろってるゼバスの連中とッ捕まえて、お前さんの代わりに店番でもさせとくから」
ーーホレ、行け。
店主がアレクセイの背中をポンと押した。
「す…すんません。じゃあ…お言葉に甘えて」
そう言うと、アレクセイは前掛けを乱暴に剥ぎ取ると慌ただしく店を後にして行った。
そそくさと店を出て行くアレクセイの背中に「ユリアさんに、よろしくな〜。応援してるからと」と店主が声をかけた。
〜〜〜〜〜〜
「た、ただいま!…え?あれ?…ユ、リウス?」
泡食って戻って来たアレクセイを迎えたのは、陣痛に耐えている妻とそれを見守る義母…という予想とは違っていた。
寝室を産室に設え、ベッドの上で上体を起こして髪を編んでいたユリウスが少し驚いたように、アレクセイに向かってパチクリと碧の瞳を瞬かせた。
「あれ?ど、どうしたの?」
「いや…どうしたもこうしたも…。お前が産気づいたってレナーテさんから電話もらって…」
まだ肩で息をしながらアレクセイが家に戻って来た顛末を説明する。
「…したら、お前が…」
「ぼくが?」
「…陣痛…間違い…だったのかよ?」
目の前の自分の想定と違うユリウスの様子に、アレクセイは勘違いをしているようだ。
クスリと笑いながらユリウスが夫の勘違いを正す。
「勘違いじゃないよ。あなたが家を出て、少し後に…始まったんだ。お産がいよいよ始まったのは…本当だよ。これから、陣痛の間隔が、少しずつ縮まって行って…ぼくはこの子をいよいよこの世に産み出す。…ねえ、祈っていて。ぼくが、ぼくとお腹のこの子が…無事この大仕事をやってのけられることを」
膝に手をつきまだ興奮冷めやらぬ様子で身体を折って肩で息をしていた傍の夫の亜麻色の頭をそっと胸元に抱き寄せた。
〜〜〜〜〜〜
「あら、アレクセイ!戻ってきてくれたの?」
そこへ、レナーテが寝室へ入って来た。
「あ、はい。特別な時だからって…店主が」
「あら、そう。…かえって気を使わせてしまって…ごめんなさいね。電話なんてして」
「あ、いえ。いいんです。知らせてくれて…嬉しかったです。俺、人生で今が一番…胸がドキドキしてます」
「あら、まあまあ。…一番ですってよ?ユーリカ」
茶目っ気たっぷりにレナーテが同じ色の瞳をベッドの娘に向けた。
「それは…光栄だね」
ベッドの娘の碧の目も笑みを返す。
「あの…俺、何か手伝えること…」
「そうね。今のところはあまりないわね。…フリデリーケもさっき来てくれて身体みて…一旦戻ったところよ。私も今のうちに、家のことやってたから。…この子の側にいて、リラックスさせてあげててちょうだいな。あ、キッチンに、ご飯つまめるもの作り置いてあるから、お腹空いたらそれぞれとれる時に食事とっておきましょう?」
「そんな…こんな時に、食事なんて」
「あら、ダメよ!これから長丁場なんだから!こんな時だから、ちゃんと食べておくのよ!」
「そうだよ!腹が減っては戦ができぬ…って言うでしょう?」
「戦…そっか。戦…か。承知しました。コマンダー。指示に従います」
「よろしい!」
フフ…アハハ。
これからの大決戦の前の束の間のひと時に、寝室が笑いに包まれた。
〜〜〜〜〜
いよいよ子供を生み出す準備が整って来たようだ。
狭まってくる痛みの波に、ユリウスが「クッ」と顔を歪める。
「痛いか?」
エビのように身体を丸めたユリウスの腰をアレクセイの大きな手が摩る。
「…大丈夫。…腰、あなたが摩ってくれると…少し痛いのが…和らぐ」
「そ、そうか?…これで、いいか?」
「うん。…ありがとう」
夕刻近くになってリーザも学校から戻ってくる。
「ママ!ママ!!」
ベッドサイドに駆けつけたリーザの頬に、ユリウスがそっと手を伸ばした。
「お帰り。…ママ、これから頑張るからね。…ゴメンね、今日は、アーレンスマイヤ屋敷で…連絡しておいたから、アーレンスマイヤ屋敷にいてくれる?…終わったら、すぐに知らせるから。…アレクセイ…悪いけど、この子を、屋敷まで、送って行ってあげてもらえないかな?」
「お、おう。行くぞ。リーザ。明日の学校の準備して来いよ。ついでにヴィシュヌも連れ出して、糞させて来るわ」
「…助かる」
「そんな!ママがこんなに苦しんでるのに!行けないよ!リーザも家にいる」
「…ダメよ。…テストも近いのでしょう?あなたはいつも通りの、日課を続けて。ママは大丈夫だから」
ーー愛してる。リーザ。
ユリウスが娘の頭を引き寄せ、クシャクシャと撫でた。
「おばあちゃまと、フリデリーケに任せて。あちらの方たちによろしく伝えてね」
レナーテも孫娘の額に口付けて、アーレンスマイヤ家へと送り出した。
〜〜〜〜〜〜
「こんばんは…」
「リーザ!アレクセイ!!」
ユリウスの出産の報を受けたアーレンスマイヤ家の住人たちは、揃ってサロンに集い、リーザとアレクセイの到着を待っていた。
「アレクセイ…ユリウスの様子はどうなのだぇ?」
その中にはアレクセイの祖母、結婚式以来アーレンスマイヤ家に逗留していたヴァシリーサも含まれていた。
「先程は…少なくとも異常な様子は見られませんでしたよ。気丈に産みの痛みに耐えてます。ユリウスを…ユリウスとお腹の子を、信じて待ちましょう」
「そう…ですね。それしか…ありませんわね」
「晩餐はどうされますか?」
「ああ、俺はいい。帰るよ。ヴィシュヌを置いて行ってもいいかな?…ついでに何か飯をやって貰えるとありがたい」
「畏まりました。では当家の犬たちと一緒に餌をやっておくよう命じておきましょう」
「じゃあね。アレクセイ。…ママを支えてあげてね」
「任せろ。お前さんは…課題をやって、早く寝ろ。テスト勉強で夜更かしし過ぎんなよ。腹出して寝んなよ」
「も、もう!お腹なんか出して寝ませんったら!…子供扱いしないで!」
「ハハ。悪い悪い。じゃな、お休み」
笑いながら義理の娘の頭をクシャクシャと撫で、鼻先を軽く摘むと額にキスをしてアレクセイはアーレンスマイヤ屋敷を後にした。
〜〜〜〜〜〜
「あれ、ク、クラウスさん?」
不意に訪ねて来たその来客にユーベルが目をパチクリと瞬かせる。
「よ!…飯、おわったか?」
ーーこれ。
アレクセイがアーレンスマイヤ家で包んで貰った包みを目の高さに持ち上げた。
「わあ!いいの?こんなに」
「夕飯に間に合って良かったぜ。どら、ミルクを温めてやる」
アレクセイがミルクパンを火にかけた。
「…まあ間に合って良かったけどさ、もちッと早い時間に夕飯食った方がいいんじゃないか?」
「うん…。そうなんだけどね。あ、おばさんと一緒の時は、もうちょっと早くとるよ。だけど…一人だと…」
ーーあまり食べる気にならなくて。。。。
そう言ってチラッとさっきテーブルから除けたものに視線をやった。
どうやら楽譜のようだ。
「楽譜…か?」
「うん。習ったのをここでやってみるんだ。もちろん音は鳴らないけど…」
そう言ってユーベルが「フフフーン」とハミングでメロディを口ずさみながら、テーブルを指で叩いた。
(ユーベルはイザークがミュンヘンへ発って程なくユリウスからピアノを習い始めていた)
「へえ、もうそんなの弾いてんのか。凄いな。カミさんから聞いたけど、お前さんの上達の早さには舌を巻くって、大絶賛だったぞ。さすがイザークの息子だって」
「僕が?父さんの?」
褒められたユーベルの瞳が輝く。
「ああ。今度俺にも聴かせてくれな」
「うん」
「ねえ、クラウスさん」
「ん?」
「ユリウス先生から聞いたのだけど、クラウスさんは、昔、父さんと組んでヴァイオリンを弾いていたのでしょう?父さんのピアノを、たくさんたくさん聴いていたのでしょう?」
「ああ。そうだな。…凄腕だったんだぞ」
ーーまあ、それは俺もだけどな。…お、ミルク温まったな。
アレクセイが温まったミルクをミルクパンからカップに注ぐ。
「ありがとう。…いいなあ。僕も父さんのピアノ、聴いてみたかったな」
「そか。…あの当時は録音が残ってないのは残念だったけどな。でも音楽祭で、親父さんの音楽、聴けたろ?あれがお前さんの父さんの、イザークの音楽だよ」
「ん…」
「じゃ、俺、そろそろ行くわ。それ食ったらさっさと寝ろよ」
「ありがとう。クラウスさん。ユリウス先生によろしく」
「おう、了解。レッスン以外でも、弾きたい時はいつでもピアノ弾きに来いよな」
「ありがとう。じゃあね、おやすみなさい」
「ん、お休み。鍵かけとけよ」
〜〜〜〜〜〜
「ユリウス!」
アレクセイが戻ってくると、そこはー、我が家は、アレクセイが出て行った時と空気が一変していた。
ベッドを囲むレナーテと、それから白衣に身を包んだフリデリーケの真剣な横顔。
そしてベッドから時折漏れる苦しそうな声。
「うぅーーーーーー」
「ユリウス様、吐いて!息を止めないで!」
「ユーリカ!ゆっくり…そうよ」
「ま…まだ…ダメ?」
「もうちょっと…もうちょっとだけ待ちましょう。赤ちゃん、大きいけれど、お産は順調ですよ。ハイ、逃して〜!」
マホガニーのベッドボードを掴んで痛みに耐える妻の血の気の引いた真っ白な指の関節が目に入る。
「ユリウス!」
駆け寄ろうとしたアレクセイにフリデリーケの声がかかる。
「まず手を石鹸でよく洗って!」
「は…ハイ」
慌てて洗面所へ取って返し、石鹸で丁寧に手を洗って産室となった寝室へ引き返す。
「アレクセイ、悪いけど…お湯を沸かして来てくれないかしら。キッチンにある大きなお鍋でね。いっぱいよ」
「わ、分かりました」
戻ってくるや否や今度はレナーテから指示が下り、今度はあたふたとキッチンへ取って返した。
「えーと…。これか」
テーブルの上の大きな銅鍋に並々と水を張り、火にかける。
その間もユリウスの苦しそうな声と、励ます声が壁越しに聞こえる。
そこへ洗面器を手にしたレナーテがやって来た。
出産する当人ではないとはいえ、介助する側も汗だくだ。
いつも綺麗にしている義母が、少し乱れた髪をそっと撫でつけて肩で大きく息をついた。
「あの…お産…」
洗面器の中身をシンクに空け、ケトルのお湯を足すと、レナーテがアレクセイの方へと顔を向けた。
「正直…リーザの時と、かなり…違って、辛そうだわ。初産の方が大変とは聞くけど…お腹の子供が大きいせいかしらね」
「そんな…どうしよう」
「どうしようもないわよ…。もうこうなったら、先へ進むしかないのですからね。…しっかりなさい!お父さん。フリデリーケも、お腹の子は大きいけれど、正常位だし、問題はないと言ってくれているし。…さて、もうひと頑張りして来ますか。あともうちょっとだからね。ユーリカを信じて…待っていて」
ーーそこのご飯、お食べなさいね。
呆然とスツールに腰を下ろしたアレクセイの肩をポンと叩くと、再びレナーテは娘の元へと戻って行った。
〜〜〜〜〜〜
ユリウスの産みの苦しみは真夜中まで続いた。
唸り声を通り越し、叫ぶ声と、フリデリーケの凛とした励ます声が交互に聞こえて来て、時折洗面器の湯を替えにやって来るレナーテの顔にもやつれの色が色濃く浮かんできている。
アレクセイも大分呼吸を飲み込めてきて、タイミングよく湯を沸かして、レナーテに供給する。
「気がきくわね。ありがとう」
「いえ、…俺、このぐらいしか出来ないんで」
「大助かりよ!…そろそろ、出て来るわ。お湯を沸かして…そこのベビーバスに開けておいて頂戴」
ゴクリ…
義母の「そろそろ出て来る」の一言に、思わず身体中が総毛立つ。
「はい」
テーブルの脇に準備された白いベビーバスを一瞥すると、シャツの袖を捲り上げ、銅鍋に水を張ってコンロに火をつけた。
ーー頼む!どうか無事に…。母子とも無事に…。父さん、母さん、兄貴…!
知らずこうべを垂れ、両手を組んでアレクセイは無心に祈っていた。
〜〜〜〜〜〜
ユリウスの苦しそうな声と彼女の分娩を導くフリデリーケの声に代わって、アレクセイが産声を耳にしたのは、夜更けに差し掛かった頃だった。
その声に俯き祈りを捧げていたアレクセイが思わずスツールから立ち上がる。
と同時に、生まれたばかりの赤ん坊を両手に抱えたレナーテがキッチンに入って来た。
「男の子よ」
差し出された赤ん坊を覗き見る。
母の産道を通り抜け、この世に生まれ出でたばかりの赤ん坊は、まだ赤黒い肌をして、目は固く閉じられている。
ーーーアェエエエ…エエエ…
口を開け身を捩りながら精一杯泣いて見せる我が子に何とも言えない感慨が湧いて来る。
「ホラ…お父さん。泣いてる場合じゃないわよ!」
「俺…泣いてなんか…あれ?」
知らず知らず涙が頬を伝っているのを、指摘されて自覚する。
「泣いて…ますね…。ハハ」
「おめでとう。お父さん。…バスタブのお湯も、うん、適温だわね。さ、産湯を使わせるのを手伝って頂戴」
目の下に色濃いくまを浮かべたそのレナーテの碧の瞳にもうっすらと涙が滲んでいた。
「そおっと…優しくね」
「はい…」
レナーテに赤ん坊を支えてもらいながら赤ん坊の身体を隅から隅まで丁寧に浄めてやる。
「いいわねえ…。お父様にキレイキレイして貰って」
分かってか分からずか、そう言われた赤ん坊が身体を捩らせながら湯の中で両手をバタつかせる。
「うわっぷ!こら、暴れるな。…たく。ホラ、キレイキレイに…男前にしてやったぞ!さあ、お母様に会いに行こうな」
産湯で清められすっかり綺麗になった我が子に話しかけながら、この日のために用意した産着に子供を包み込んで抱き上げた。
「…お父様だぞ。ミヒャエル。…お前の名前は、ミヒャエル。ミヒャエル・ゾンマーシュミットだ。どうだ?いい名前だろう」
〜〜〜〜〜〜
「ユリウス…」
産後の手当をしてもらい、大仕事を終えた妻の傍に赤ん坊をそっと下ろす。
「男の子…元気な元気な…男の子だ」
赤ん坊に手を伸ばしたユリウスの双眸から涙が溢れてきた。
「大きい…」
「だな…」
「髪…ブロンドだね…」
ユリウスの指先が産まれたばかりの赤ん坊の柔らかな髪をそっと撫でる。
「だな…。でも俺も生まれたばっかの時はブロンドだったらしいからな…」
ユリウスの溢れる涙を指でそっと拭い、アレクセイも赤ん坊の髪をそっと指先でなぞった。
「ミヒャエル…ミーシャちゃん。母様ですよ。あなたにこうして会えるのを…みんなでずっと待ってたんですよ」
傍で安らかな呼吸をしている我が子に優しくユリウスが囁いた。
祝福するかのように、秋の柔らかな曙光が父と母と、それから赤ん坊を包み込んだ。