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​第百章 Ⅸ

​第九章 結婚式

「とても幸せそうな顔だわ…。綺麗よ、ユーリカ」

 

白い花とリボンで飾られたアーチの前で、純白のウェディングドレスに身を包んだ娘のヴェールをレナーテが下した。

 

「では、 娘をお願い致します」

 

「うむ」

 

花嫁をエスコートする父親に愛娘を託す。

 

父と娘が見つめ合い、そして父の腕に白い手が絡められた。

 

「ユーベル、ユーリカのヴェールをお願いね」

 

「はい」

 

ヴェールボーイの大任を仰せつかったユーベルの目の高さに屈んで、レナーテが優しく声をかけた。

 

 

Treulich geführt ziehet dahin,

wo euch der Segen der Liebe bewahr’!

Siegreicher Mut, Minnegewinn

eint euch in Treue zum seligsten Paar.

 

誠実に導かれ進みなさい

愛の祝福の守る場所へ

勝利の勇気と 愛の恵みで

誠実な二人は幸せな夫婦となる

 

ゼバス有志による楽団と合唱隊の「結婚行進曲」に合わせ、フラワーガールによって白い花々で清められた真紅のウェディングアイルを、父と娘がゆっくりと進んでゆく。

 

純白のドレスを纏いヴェールの下に輝く金の髪を一つにゆるく編み下げ、白い花々を散らした爽やかな初夏の化身のような花嫁の手には彼女の一途な心を示すような鈴蘭、ミルテ、そしてサクランボの花を束ねた可憐なブーケが握られている。

 

真紅のアイルの先に待つ伴侶に向かい、一歩一歩、踏みしめる歩みに、今まで辿って来た人生を重ねる。

 

出会いと初恋の日々。

突如訪れた別れと少女時代の終焉。

最初の結婚。

課せられた使命と重責。

優しさをかけてくれた人たち。

そして傷つけた人たち。

 

そしてー

数奇な運命に導かれ、再び出逢った運命の人。

再び重なり合った人生。

二人寄り添って歩んでゆく前途。

 

アイルの終点に立つ最愛の人の姿。

 

夢のような瞬間。

 

そして彼の大きな手が、自分に向けて差し出される。

 

「娘を頼んだぞ。…ミハイルの息子よ」

 

その言葉に強い眼差しで肯くと、アレクセイは不滅の恋人の白い手を、その父親から受け取った。

 

手を取り一瞬二人は見つめ合うと、眼前の、あの時と同じように白い花を満開につけた誓いの木に向き合った。

 

 

「今日この場に集ってくれた皆様の前で、宣います」

 

アレクセイの凛とした声が響き渡る。

 

「互いを敬い合い、いついかなるどんな時も、死が二人を分つまで、今の気持ちを大事に生きて行きます。愛する人と手を取って人生を歩む幸せと喜びを、決して忘れません」

 

アレクセイとユリウスが唱和した誓いの言葉は、二人で何日もかけて考えに考えたものだった。

 

アレクセイが続ける。

 

「遠い初恋の日に、僕たちはここで、このさくらんぼの木に、永遠の愛を、永遠の愛と忠節を誓い合いました」

 

その続きをユリウスが継ぐ。

 

「幼い初恋 だったかもしれません。でも真剣な想いでした。互いに誓った愛と忠節は…、ずっと褪せぬまま私たちの心の中に在り続けた。だけどその想いは…時に身近な人たちを傷つけ、悲しませることになってしまいました。私は…、私は、せめて、そのせいで悲しませ傷つけた人々に報いるよう、それにふさわしい良き生き方を…彼としていくことを誓います」

 

「これまで自分たちを支え、寄り添い、手を引き、背を押してくれた人たちに、感謝と愛を込めて、ここに二人、今一度誓います。永遠に愛と忠節を目の前の伴侶に捧げることを」

 

最後は二人声を合わせ、高らかに宣言された。

 

誓いの言葉に後に、介添人たちによって恭しく運ばれて来たのは、あの時と同じー、クローバーの花と、花冠だった。

 

「あの時と同じ、俺の不滅の恋人へ」

 

二人が見つめ合い、アレクセイがユリウスのヴェールをそっと持ち上げ、冠を被せる。

 

「15のあの時から、想いはずっと変わりません。そしてこれからも…。永遠に」

 

ユリウスもちょっとだけ伸び上がり、アレクセイの頭に冠を被せる。

 

クローバーの花冠に続いて、クローバーの花の指輪も交換し合う。

 

アレクセイがユリウスの手を取り、指にクローバーの花を巻きつける。

少年の日の純粋な愛の証が、細い指に輝く結婚指輪と重なり、清楚な白い花がふるふると微かに揺れる。

そしてユリウスも…。

 

涙で少し潤んだユリウスの瞳を覗き込むようにアレクセイは長身を少し屈め、花の色に彩られた唇にそっと口づける。

 

二人をまるで祝福するかのように、さくらんぼの梢が風に揺れ、白い花びらが二人を包み込んだ。

©2018sukeki4

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